乳科学 マルド博士のミルク語り

ミルクの進化と美肌機能

2016年2月20日掲載

中世の人々は、ミルクは血液が変化したものと捉えていたようです。1596年に完成した「本草綱目」には通常は月経血となるが受胎するとこれが体内に溜り胎児の栄養となり、出産すれば赤から白に変わり乳房からミルクとして分泌される旨が記載してあるようです(細野明義、http://www.namp.or.jp/column19.html)。同様の記述は「ミルクの歴史」(ハンナ・ウェルデン、原書房)にもあります。しかしながら、ミルクは一体何からどのように進化したのでしょうか。哺乳類は何故誕生したのでしょうか。科学の進歩とともに、ミルクは卵で子育てすることの不便さを改善するために膨大な時間をかけて様々な工夫がなされた結果としての成果であることが少しずつ分かってきました。 哺乳類が誕生する以前の動物は全て卵の状態で産み落とされました。動物の種類によって若干異なりますが、一般的は卵の外皮は柔らかく(注1)、多孔質(小さな穴が多数ある状態)で、空気や水分がその穴を介して出入りしていました。また、卵は他の動物から格好のエサとして狙われ、穴を介して微生物やウイルスにも汚染されました。そこで、親は卵を抱きかかえ、水分や温度が一定となるようにし、あるいは地中や高い木や崖の上に巣を作りその中に卵を産み、仔を育てることをしなければなりませんでした。そして、無事卵から仔が生れても、親が仔に与えるエサを確保できなければ仔は生存できません。環境変化によりエサが少なくなることは珍しくはなかったでしょう。このように、卵を産んで仔を育てるという方法は決して安全な出産育児方法ではないばかりか、親の行動も著しく制約されました。

このような不便さを改善するために動物たちは様々な工夫をしてきました。最初に行った工夫は約3億年前で、動物の体表に多数存在している皮膚腺から水分や脂肪を分泌し、卵から水分が逸散しないようにしました(図参照)。次いで、微生物汚染を防ぐために皮膚腺から抗菌成分を分泌するようになりました。抗菌成分としてはリゾチーム(注2)やオボトランスフェリン(注3)などです。さらに、2億年位前になると、動物のあごが発達し、硬い食物を噛み砕くための骨や歯も発達してきました。この頃になると、カゼインやα-ラクトアルブミン(注4)なども分泌されるようになりました。そうです。この頃には現在のミルクと似たような成分が皮膚腺から分泌されていたのです。そして、1.5億年位前になると、皮膚腺の一部が乳腺としてミルクの分泌に特化するようになり、哺乳類が誕生したと考えられています。


このように、水分逸散を防ぐことが卵からミルクに進化するための最初の動機でした。しからば、その痕跡が今のミルクに残っていても不思議ではありません。実際、クレオパトラはヤギのミルクを化粧品として使っていたと言われています(Ribeiro, Small Ruminant Res., 2010)。また、牛乳のリン脂質(注5)には肌の水分蒸発を抑える機能があることが報告されています(春田、乳業技術, 2013)。このようにミルクの進化を知ることによりミルクが本来担っている健康機能を知ることができるのです。

注1:昆虫、カエル、ヘビ、カメなどの卵や魚卵を思い浮かべてください。
注2:下等生物から高等生物まで広く存在し、細菌の細胞壁を溶かすことで殺菌するたんぱく質。
注3:卵白中のたんぱく質で、細菌が増殖に必要とする鉄を奪うことで細菌の増殖を抑えます。
注4:主要なホエイたんぱく質の一種。
注5:乳に含まれるリンが結合した脂質。その多くは脂肪球を覆っている皮膜(脂肪球皮膜)に存在しています。