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ダンチェッカーの草食叢書

第38回 チーズとうじ虫に世界の始まりを空想する

2026年8月10日掲載

カルロ・ギンズブルグ(1939-2026)はイタリアの歴史家で、村落や個人に関する記録から民衆の生活や思考を読み解く「ミクロストリア」(マイクロヒストリー)の代表的な研究者です。その代表作が『チーズとうじ虫 16世紀の一粉挽屋の世界像』(杉山光信訳 みすず書房 1984、新装版2021)です。原著『Il Formaggio E I Vermi』は1976年に刊行されています。

『チーズとうじ虫』

これは、メノッキオとよばれた実在の人物(本名ドメニコ・スカンデッラ)に関する記録から実像を浮き彫りにしていく研究です。メノッキオは16世紀イタリア北東部フリウリの粉挽屋でした。識字率が高くなかった時代にあって、彼は読み書きができ、読書と議論が大好きでした。粉挽小屋は多くの人が集まる、情報や噂が行き交う場所でもありました。そこで彼は誰彼かまわず議論を吹っかけ、宗教論を戦わせます。その宗教観がカトリック教会と大きく異なっていたため異端として告発され、審問を受けることになります。一度は自論を撤回して許されましたが、その後も議論をやめられず、再び逮捕され最終的に処刑されてしまいます。
ドイツではルターによる宗教改革運動が始まっていて、教会が神経質になっている時代です。しかし、メノッキオの思想はルター派の影響を受けたものではなく、読書で得た知識や日常生活の経験が混ざり合ってできた独自の世界観でした。
世界は神によって創造されたのではなく、土・空気・水・火が混ざったカオス(混沌)から自然に塊が生まれ、そこから神や天使が現れたのだ。乳が固まってチーズになりうじ虫が湧くように… という比喩で宇宙の始まりを説明しました。また、教会の儀式や権威を批判し、異教徒もまた神の子であるという人間重視の思想でした。
ギンズブルグは、この思想の背後には民間伝承や農民信仰があると指摘しています(その後の研究で、書物から受けた影響をより重く見る見方も示されています)。

『聖者の行進』

このメノッキオの物語は、日本の文学者にも取り上げられました。

堀田善衛(1918-1998)は、さまざまな国の歴史を多く扱った小説家です。「メノッキオの話」(短編集『聖者の行進』(徳間書店 2004)所収、初出は1983)はメノッキオを主人公とし、抑圧されながらも自分の考えを手放さない姿を描きました。

大原富枝(1912-2000)は、女性の生き方を多く描いた作家です。「メノッキオ」(短編集『メノッキオ』(福武書店 1990)所収、初出は1988)は、作者の分身と思われる高齢の女性が『チーズとうじ虫』に出会い、メノッキオのように自らの空想を止められないという静かな小説です。

『メノッキオ』

ぼくは、キリスト教の価値観を前提としていない多くの日本人にとってはメノッキオの自然観は奇異には感じられず、むしろ共感しやすいのではないかと思うのです。くりかえし語られる「チーズとうじ虫」の比喩は、ギンズブルグがいうように、キリスト教以前からの民間のアニミズム、自然信仰の世界観だったのかもしれません。混沌から世界が生まれるという創世神話は、ギリシャや中国の神話、日本の古事記にも類似したものがありますから、古ヨーロッパの世界観にも興味が出てきます。

現在はウジ虫チーズといえばサルデーニャの「カース・マルツゥ」が知られているくらいですが、16世紀にはどこの農村でも当たり前だったことでしょう。19世紀に否定された「自然発生説」がまだ常識であり、虫が特に不潔なものとはされていません。メノッキオが異端だと責められても、神をウジに例えたことは問題とはされない時代です。
メノッキオが食べたチーズはどんなものだったのか。おそらくヒツジ乳の小ぶりなセミハードだったことでしょう。われわれも(空想の中で)虫をさっと手で払い、食べてみるとしましょう。