1970~80年代には『ラルース・チーズ辞典』(1979)以外にも、チーズに関する事典が出版されています。
『チーズの本』クリスチャン・プリュム著 松木修司訳 柴田書店 1976
著者 Christian Plume はフランスのジャーナリストであり、脚本家としても知られた方です。原著は1968年に発刊されました。表紙には『Une Encyclopedie Des fromages du monde:LE LIVRE du FROMAGE』(世界のチーズ百科事典)と記されています。
これは19世紀以来の百科事典文化をもつフランスにおいても、チーズに特化した大事典としては先駆的なものだったと思われます。児童書で知られる出版社 Editions des Deux Coqs d'Or による刊行であり、広く一般読者にチーズの世界を紹介することを目指したようにも感じられます。
名門ラルース社の『Larousse des fromages』は少し遅れて1973年発刊です。そう思って読み比べると、随所において先発であるこの本を意識していたようにも感じます。
主となる章は「チーズの辞典」であり、アルファベット順に世界中のチーズが解説されます。多数の図版(チーズ・ラベル・製造現場・家畜・料理などの写真と絵画)が楽しく、これもラルースに影響を与えたかもしれません。特にロックフォールについては詳しく解説されています。
そして忘れてはならない、訳者の松木修司先生は「ラルース」の翻訳も手掛けられた方です。戦後からフランス料理文化を日本に伝え続け、チーズに関する発信も多く、フランスチーズ鑑評騎士の会日本支部の創設にも貢献されました。2つの事典の翻訳をどちらも原著の装丁のまま発刊したことにも強いこだわりを感じます。
『世界のチーズ百科』T.A.レイトン 著 辻静雄監修 小野村正敏 訳 鎌倉書房 1981
原題は『Cheese and Cheese Cookery』(1967)、イギリスの「Wine and Food Society」(現在の The International Wine and Food Society)により出版されたもので、著者 Thomas Arthur Layton はワインと食に精通した食文化の研究家だったようです。
アルファベット順の世界チーズ辞典が1/3を占めています。もっとも詳しい解説は、やはり自国のスティルトンについて。ロックフォールの項もていねいに書かれていますが、「スチルトンと同じくらい優秀だとは考えられない」という「個人的な意見」が述べられているのがおもしろいところです。
その他、過去の文献から考察するチーズや料理の歴史などが興味深く読めます。最後の1/4ほどは世界のチーズ料理レシピ集です。
『チーズ全書』リチャード・ウィクーム著 白石敏夫・渡辺義政・椿真寿共訳 実業図書 1980
原著は『The Complete Book of CHEESE』(1978)、著者 Richard Widcombe はオーストラリアの人気ジャーナリストで、大手の新聞にチーズのコラムを執筆していたそうです。
雪印乳業(当時)の技術者による翻訳で、関係者向けの非売品として発行され、その後一般向けにも販売されました。
やはりアルファベット順に世界のチーズを紹介、大きくカットされたチーズとナイフに副食材、ダイナミックで質感の伝わる写真を多く掲載し、独特の雰囲気を出しています。全体に、チーズの風味が強すぎるのはいいことではない、という考えが感じられます。
「Blue Veins」(青カビタイプ)の項には、「ロックフォール、スティルトン、ゴルゴンゾラは世界の三大ブルーヴェインである」という記載があるのです(原著では「the top three blue veins in the world」)。日本独特のいい方だとよく言われる「三大ブルーチーズ」ですが、ぼくはこの本をきっかけに広まったのではないかと考えています。
1980年代以降はチーズに関する書物が次々出版され、輸入されるチーズの種類も増えていきました。黎明期ともいえる時期の事典は、ヨーロッパの食文化へのあこがれとともにチーズに触れていた時代の雰囲気を感じさせてくれる資料でもあります。「三大ブルー」も、こうした時代の中で定着していったのではないでしょうか。
