ロングセラー絵本には数々ありますが、ヤギが登場する名作絵本をあげるなら、まずはこの3作で異論は出ないことでしょう。
『おおかみと7ひきのこやぎ』(グリム童話 フェリクス・ホフマン絵 せたていじ訳 福音館書店 1967)
19世紀にドイツのグリム兄弟が民話を集めて編集した童話集に収められた、いわゆる「グリム童話」の一編です。フェリクス・ホフマン(1911-1975)はスイスの画家で、この『7ひきのこやぎ』の他、『ねむりひめ』『ながいかみのラプンツェル』など自分の子のために制作した絵本がのちに出版されてロングセラーになりました。
『7ひきのこやぎ』は日本でも数えきれないほどの絵本や児童書が出版されていますが、このホフマンの作品に迫るものはないだろうと思います。ヤギはヤギらしく、過度に擬人化しないところもいいのです。なんとかして食ってやろうというオオカミの様子にも魅力があります。
『三びきのやぎのがらがらどん』(ノルウェーの昔話 マーシャ・ブラウン絵 せたていじ訳 福音館書店 1965)
かつては「北欧民話」とされていました。19世紀にノルウェーの動物学者アスビョルンセンらがグリム童話に触発されて民話集を作成し、これが世界に広まって読まれました。その一部は『太陽の東 月の西』(佐藤俊彦訳 岩波少年文庫 1958)で読むことができます。
マーシャ・ブラウン(1918-2015)はアメリカの絵本作家で、他に『せかい1おいしいスープ』『ちいさなヒッポ』などが人気です。「がらがらどん」という名は児童文学者である瀬田貞二さんによる名訳です。英語版タイトル“Three Billy Goats Gruff”のgruff(がらがら声)からきているそうです。この邦題があったからこそ超ロングセラーになったといえるでしょう(『7ひきのこやぎ』も、同じく瀬田貞二さんの名訳です)。
3匹のヤギが順に橋を渡っていく様子、トロルとのやりとり、そして大きいヤギがトロルを引き裂くまで、なんともリズミカルです。読み聞かせだけでなく劇遊びの題材としても人気だというのがうなずけます。
『やぎのブッキラボー3きょうだい』(ポール・ガルドン作 青山南訳 小峰書店 2005)も楽しい絵本です。“Gruff”を「ブッキラボー」としたのも見事。
『スガンさんのやぎ』(ドーデー作 岸田衿子文 中谷千代子絵 偕成社 1966)
アルフォンス・ドーデ(1840-1897)はフランスの小説家です。かつて国語の教科書に採用されていた『最後の授業』(短編集『月曜物語』に所収)がよく知られています。
『スガンさんのやぎ』は短編集『風車小屋だより』(岩波文庫など) の一編です。
スガンさんが飼っているヤギのブランケットはどうしても山に行きたくて、小屋を抜け出してしまいます。すばらしい山の自然を満喫しますが、夜になるとオオカミが現れます。夜が明けるまで戦い、ついに力尽きてしまいます。
「自由は危険と表裏一体という教訓」だとか、「自分ならどうするか、考えさせられる」などといわれますが、まずは自由に生きたブランケットの一日を楽しんで読んでほしいと思います。
絵本『かばくん』で知られる中谷千代子さんの油彩画がすばらしく、この絵で米国版絵本が出版されたというのが誇らしく思えます。
フランスの絵本作家エリック・バトゥーによる『スガンさんのヤギ』(ときありえ訳 西村書店 2006)も自由と孤独が強く感じられるいい作品です。