ダンチェッカーの草食叢書

第25回 野澤謙博士と在来家畜研究会

2024年6月10日掲載

チーズやミルクへの興味から乳用家畜について知っていくにつれ、人類にとって「家畜」とはどういう存在なのか?ということが気になってきました。
「家畜」「家畜化」の定義は明確にはなっておらず、辞典や論文等によってまちまちです。その内、よく引用されているのは「家畜とはその生殖がヒトの管理のもとにある動物である」という簡潔な定義です。
これは、野澤(のざわ)けん)(1927-2020)博士によるもので、初出は『家畜と人間』(野澤謙・西田隆雄著 出光書店 1981)だと思われます。

『家畜と人間』

これを読むと、「家畜化とは、意識的かつ計画的に動物の生殖を管理下に置き、管理を強化していく、世代を越えた連続的な過程である」と続いています。動物がヒトに近づくところから始まり、餌付けされ、手なずけられ、生殖管理・人為淘汰によって人類の役に立つようになっていく、「家畜か野生か」と二分できず幅のある変化なのです。
Ⅲ章の「ヒトの心の中の家畜」が感動的です。動物とヒトの関わりにより多様な品種が生まれてきましたが、そこには経済的な利益だけでなく人々の心の動きが反映されているといいます。動物との関わりに心を動かされ、慈しみ大切に利用してきたからこそ、各地で多様な家畜やペットが生み出されたのです。このことは、のちに『ウシの動物学』(2001)で遠藤秀紀先生も「人々の心のエネルギー」と表現されています。

野澤謙博士は「集団遺伝学」の研究者です。生物の集団内での遺伝子の構成が変化すること、その連続性や多様性などを研究する分野です。ショウジョウバエから乳牛、ネコなど幅広く対象にされ、京都大学霊長類研究所教授として行ったニホンザル集団の遺伝形質の解析は多くの霊長類研究者に影響を与えたそうです。
また、野澤博士を中心に「在来家畜研究会」が結成され、家畜に関してもフィールド調査と遺伝解析が広く行われています。
世界各地域の生業文化によりヒトと家畜との関係はさまざまであり、家畜化の程度も多様な地域固有の品種が存在します。このような「在来家畜」品種は、極端に産業化の進んだ近代品種が増加するにしたがって、姿を消しつつあるのです。これを保存し地域家畜文化の多様性を保持する必要性がある、との志から研究が続けられています。

『アジアの在来家畜 家畜の起源と系統史』(在来家畜研究会編 名古屋大学出版会 2009)

『アジアの在来家畜 家畜の起源と系統史』

各種家畜の成立や分化の歴史がフィールド調査結果をふんだんに用いて解説される、超大作です。遺伝学の専門用語が出てくるのでムズカシイ…と感じるところもありますが、家畜品種の歴史はまさに人々の文化の変遷なのだと感じられ、楽しく読むことができます。
ウシやヤギももちろんですが、特にスイギュウの起源と分化についてなど、チーズと家畜が好きならばたまらないと思います。「アジアの在来家畜」といいながら、イタリアスイギュウについても説明されていますよ。

 

『アジアの在来家畜 写真からみえる半世紀の記録』(在来家畜研究会編 東京農業大学出版会 2020)

『アジアの在来家畜 写真からみえる半世紀の記録』

1961年からの、アジア各国でのフィールド調査で撮影された記録をまとめたものです。各地の人々と家畜の関りが伝わる、貴重な写真が満載です。これらの写真資料は「奥州市牛の博物館」のサイトでも閲覧することができます。

チーズを食べながら改めて、「家畜はヒトの心の中にある特別な存在」だと感じています。