サラシを巻いたチーズ
ヨーロッパのチーズの産地を旅していると、なぜこんなチーズが生まれたんだろうと、感激したり、考え込んでしまうことがよくあります。なんでも手に入る現代ならば、製作者のアイデア次第で奇抜なチーズはいくらでも作れるけど、古いチーズであれば、それらが生まれ育った気候風土と相まって、人の知恵とたゆまぬ努力、そして長い時間が人を魅了するチーズを育て上げてきたのです。今回はそんな中でチーズの側面にサラシやレース状のリボンを巻いて熟成させる不思議なチーズを紹介します。この様なチーズが作られているのは、スペイン西部のエストレマドゥーラ地方、そしてポルトガルに多くみられます。
何故この様なチーズが生まれたのか。これを説明する資料には出会ってません。凝固したカードを型に入れ所定の大きさに整形し熟成させるというのが一般的な熟成チーズ造りの工程ですが、でも熟成すると中身が柔らかくなるチーズの場合その形をどうやって維持するかが課題になります。硬いチーズであればカードをモールドに詰めて圧搾し、しっかりと整形してから表面に塩を刷り込んで硬いリンド(表皮)を作れば形を保つことができます。この様な手法は現代であれば簡単な事ですが、しかし、ヨーロッパには数百年、数千年も造り続けられているチーズもたくさんあり、チーズ造りの道具さえも自分で工夫し作った時代が長く続いたでしょう。そんな中から様々な道具や方法が生まれたのです。
気候風土違えば飼育する動物も違い、そして、入手できるチーズ造りの道具の素材も違ってきます。例えばイタリアにカネストラート・プリエーゼというチーズの整形は葦で編んだ籠を使っていました。同じくスペインのマンチェゴは、身近に入手できたエスパルトという草を編んだ物でチーズを成型するため、その表面には縄目のような模様がついています。木材の乏しい地方ではこのように、手に入る素材を使い土地ならではのチーズの形を作ってきたのです。今ではこのような道具はプラスティックに代わっていますが、マンチェゴは今も表面にその縄目を残し、アイデンティティを主張しているのです。
スペインの西部からポルトガルにかけて中身がトロトロになる中型のチーズがたくさんありますが、これらのチーズの側面にレースやサラシのような白い布を巻いたものが、多く見られます。これは熟成中に中身が柔らかくなるのでチーズの型崩れを防ぐための処置だと思われます。2点目の写真の側面に白いレースが巻かれた物はスペインのトルタ・デル・カサールという羊乳製のチーズです。3点目と4点目の写真はポルトガル中部で作られるセーラ・ダ・エストレーラという羊乳製のチーズで、熟成中に何度かチーズの表面を洗いサラシを取り換えて熟成させます。この種のチーズは熟成が進むと中身はトロトロになり、非常に濃厚な味わいになるのです。ポルトガルにはこの種のチーズが多く、スーパーの売り場でもよく見られました。ポルト市の歴史あるポートワインのメーカーを訪れた時、このチーズとポートワインとのコラボレーションで迎えてくれました。窓からは街の中心部を流れるドウロ河が望まれ、水面にはかつて上流のブドウ畑からワイン樽を運んだ木造船がたくさん係留されていて、歴史ある町の雰囲気を演出していました。