フロマGのチーズときどき食文化

料理名から生まれたチーズ、ラクレット

2017年6月19日掲載

暖炉の熾火で焼くラクレット

ラクレットというチーズ料理があります。日本に紹介されたのはおそらく1990年代の初め頃でしょう。古い話になるが、筆者は1990年にこの料理発祥の地である、スイス南部のヴァレ州を訪れた。それが最初の写真です。牛小屋を改造したレストランの暖炉の火で焼いて溶かしたラクレットを初めて食べて、その強烈な匂いとその濃厚なうまさに感動したのですがその量の多さに、いささかたじろぎました。地元のガイドはヴァレ州ではラクレットを大量に食べるので、チーズの消費量はスイス平均の2.6倍だと言っていた。

バーニュというチーズ

ラクレットはフランス語のラクレ( racler=削る)という動詞から来た何とも素っ気ないない料理名ですなのです。1970年代に出版された「ラルースチーズ辞典」には、ラクレットは、スイスのヴァレ州特有の料理で、それには、バーニュ(Bagnes)やコンシュ(Conches)などのチーズが必要だとあり、そこにはラクレットというチーズ名は載っていない。当時はラクレットというチーズは存在しなかったのですね。でも、筆者がヴァレ州を訪れた時は、すでにラクレットという名のチーズは作られていて、カレと呼ぶ四角いラクレットもあった。だが上記のバーニュというチーズも健在でした。
暖炉の熾火(おきび)で焼いていたスイスの素朴な地方料理は、やがて電熱のロースターが発明されるに及んで、ヴァレの谷を飛び出して急速に周辺に広まっていったのでしょう。やがて隣接するフランスのサヴォワ地方でもこのチーズが作られます。しかし、スイスでは現在もまだ薪を燃やした熾火(おきび)で焼くラクレットも随所で見られます。

四角いラクレットもある

このチーズが日本に上陸したのは1990年代の初めでしょうか。92年にチーズ業界が始めた第一回のチーズフェスタでは、本場を訪れたことで私がラクレットのサーヴィスをすることになり、参会者は初めて見るこの豪快なチーズ料理に驚き、長蛇の列ができたことを覚えています。今では皆に知られるようになり、ラクレットのお店が増えました。

屋外の石釜で焼く

このチーズを日本で最初に作ったのは、わがCPA副会長で、チーズ職人の宮島望氏でしよう。氏は1990年初頭にフランスチーズ界の大御所を十勝の宮島氏の農場に招き、この地の風土に適したチーズについて教えを乞うたところ、それはラクレットだという答えが返ってきたとか。宮島氏はその言葉に従ってラクレット造りを始めるのです。そして1998年の国産のナチュラルチーズコンテストでこのチーズが金賞を獲得する。それがきっかけとなり、ようやく国産のラクレットが知られるようになるのです。時は流れてこの春、十勝地方の六戸のラクレット工房が手を組んで、十勝川温泉にラクレットの共同熟成庫を作り稼働させた。売りは「モール・ウオッシュ」といい、熟成中のチーズの表皮を、この地独特の亜炭層から湧き出す「モール温泉水」で洗うことで、チーズに特有の風味を作り出そうというもの。そして、このチーズを「十勝ラクレットモールウオッシュ」の名で、2015年に制定された日本の「地理的表示保護=G.I.」に申請したとのことです。今後がとても楽しみですね。

フランスでも大人気