世界のチーズぶらり旅

フィレンツェ風巨大ステーキの味

2016年5月1日掲載

フィレンツェの中央市場

ここ十数年来のチーズ探訪の旅はほとんどがグループ旅行だが、ご多分に漏れず同行者には女性が多い。旅先での夕食は大体自由という場合が多いが、女性陣はまとまっていきたがる。それも都会であればミシュランの星付きがお好みらしい。リーダー的存在がそう提案すれば何を食べたいというより、大方はセッカクだからと同調する。人の好みだからまあどうでもいいが、1970年代以降に流行した「ヌーヴェル・キュジーヌ」以来、ミシュランが星を付けるレストランの評価は、創作料理に注目しすぎている。そのために星付きレストランの料理は、独創性を求めるあまり、その国の、土地の匂いを失っていように私には思われるのだ。それはそれとして、このミシュランの赤いガイドブックは重宝だ。街の地図が分かりやすいし、必ず市場も載っている。それに、このガイドブックに載っているレストランは星なしが大半だが、ミシュランが取り上げるだけあって店の水準は高い。だから、私はレストランのリストの末尾から2~3番目くらいの店を選ぶ。そうすれば安くて郷土色豊かな料理が食べられる。

街中が美術館

私としてはセッカクだから、その土地へ行ったら、その地方の体臭ともいうべき、こてこての郷土料理を食べてみたいと思うわけだ。というわけで、今回取り上げるフィレッツェでも最初の夕食はおひとり様という事になった。中央市場でペコリーノなどの取材を終えた私は、その日の夕食には秘策があった。巨大さとその旨さ?で知られるビステカ・ア・ラ・フィオレンチーナという料理を平定することだった。料理の詳細は後述する。

花の都フィレンツェは街そのものが美術館だ。フランスの作家スタンダールが、この町の美しさに、興奮のあまり気を失ったといわれ、これをスタンダール症候群というそうで、以来、年に10数人がこの症状で医者の世話になるという話がある。ま、それほどでもないにしても、この町は写真のテーマには事欠かない。以前訪れた時はフイルム代がかさんで往生した。その点デジカメは心置きなくいくらでも撮れるがその分駄作が多くなる。

前菜のブルスケッタ

さて夕食の時間まで、アルノ川南岸にある町を一望できる丘に登って、写真を撮ったりして時間をつぶしてから、街中に降りて、念願のビステカ・ア・ラ・フィオレンチーナの食べられる店を探す。店の入り口に掲げられている、メニューを何度もチェックし、良さそうな店に入った。

この料理について少し説明する。身も蓋もない言い方をすれば要するに、巨大なTボーン・ステーキなのだが、トスカーナ地方は優れた牛肉の産地で、このステーキに使われる肉は、この地方のブランド牛で、キアーナという白牛の肉が最高と決まっているのだ。そしてそのステーキの大きさだが、骨を付けて1kgはありそうなものが一人前なのである。

巨大ステーキに挑む

案内されたテーブルに座って、ワインをとりスペシャルメニューのステーキを頼む。夕食には少し早かったので他の客はいない。さあ来い!という感じで待っていると、まず、パンと前菜のトマトのブルスケッタが出てきた。ややあって、直径が40cmはあろうかという大皿に乗った、何の装いもなく、ただ質実一辺倒という感じの巨大な肉塊が、揚げジャガを従えて現れた。厚さ7~8cmはあろうか。私は平静を装って、グラッツェとカメリエーレに礼を言って、さっそく攻撃に取りかかったが、なかなか手ごわい相手である。ひたいに汗し時間をかけてデザートまで、どうにか制覇できた。しかしご馳走はこのような興奮状態で食べては駄目だ。征服感はあったものの、細かい味の記憶がまるでない。節食をしていた当時としては、久しぶりの超満腹度であった。 町に出るとまだ外は明るい。ホテルに向かって街をゆっくり歩いていると、ある小さな広場で、若い日本人の男女が路上絵を描いている。ボッティチェッリのヴィーナス誕生の模写だが、中々の腕前である。しばらく眺めてから、暮れなずむ道をゆるゆるとホテルに向かい、早々にベッドに倒れ込んだ。

路上絵を描く日本人?