世界のチーズぶらり旅

チーズをつくる少年

2015年5月1日掲載

丘の上のグリュイエール城

初夏ののどかな田舎道を走っていると、前方の小高い丘の上に小さな可愛らしい城が見えてきた。車を止めてもらい広い牧草畑を前景にしてカメラに収めた。スイスといえば雪に覆われた山の連なりと深い谷、そして輝く氷河、というのが我々が描くスイスのイメージではないだろうか。私もスイスに来て古城の写真を撮るとは思っていなかったが、この城の名はグリュイエール城。スイスを代表するチーズの象徴的存在だからチーズ愛好家ならぜひ撮っておきたい城である。フランスとスイスの国境にブーメランのような形で横たわるレマン湖。その北側はスイスのヴォー州とフリブール州で、この2州はスイスでもチーズの産地として重要な所なのである。この城はそのフリブール州の南端にある。

これらの州にはヌーシャテルなどの大きな湖はあるが3000m級の高山は少なくて、スイスの中でも地勢が比較的穏やかな地域である。そんな穏やかな風景の中に立つグリュイエール城は、中世の後期からルネサンス期にかけてグリュイエール伯爵家の居城であったと資料に書かれている。だが我々はこの城を見物に来たわけではない。この季節に最盛期を迎える山のチーズ造りを見るべくやってきたのだ。このあたりは、まさにグリュイエールチーズの産地で多くのチーズ工房が点在している。

美しくものどかなモレゾン集落

本道からそれてグリュイエール城のわきの小道を山に向かって10キロほど走るとモレゾンという地図で探すのも骨が折れる小さな集落がある。ゆるやかな谷間に10戸ほどの建物が並ぶ集落があり、その背後はかなり急峻な草地になっていて、茶色の牛の群れが斜面を水平に移動しながら草を食んでいた。この集落はハイカーの拠点になっているらしく、ひときわ大きな平屋建ての建物は数種類のチーズの他、土産物を売る店になっている。屋外にはテーブルがしつらえてあって、フォンデューも食べられる。我々はまず集落の背後の急な牧草地を登って牛に会いに行き、眼下の絶景を楽しんだ。

チーズを造る少年と老人

売場の奥はいかにも歴史のありそうなチーズ工房になっていて、ここでは春から秋口にかけてグリュイエールを初め数種類のチーズを造っている。この季節にこのような高山で作られるチーズをアルパージュといい、ワンランク上のチーズとして珍重される。工房の奥には2個の大鍋(ショードロンという)が吊り下げられていて、カウンター越しにチーズ造りが見学できるようになっている。そこではちょうど牛乳を凝固させ大きな塊になった出来立てのチーズを布で掬い上げる作業の最中だったが、その作業をしているのが祖父とその孫といってもおかしくない年恰好の少年と老人のコンビなのだ。少年はなれた手つきで老人のアシスタントを務める。釜の底に沈んだチーズの塊を力を合わせて掬い上げ型にはめ込む。チーズ大国スイスを象徴するような情景である。

アルプスホルンのパフォーマンス

薄暗いチーズ工房を出ると外は晴れ渡り、初夏の強い陽光が照りつけるなか、ひときわ歓声が上がる方をみると、週末を利用して集まったハイカーの輪の中からアルプスホルンの音が響きわたってきた。近寄って見れば、おそろいのユンフォームを着た4人の演奏者が牧草地の中で巨大なホルンを吹き鳴らし、その後ろでは、一人の男がスイスの国旗を青空に投げ上げる。そのたびに歓声と拍手が起こる。私は写真を撮り終えると草の上に座ってこの、のどかなパフォーマンスを楽しんだ。