世界のチーズぶらり旅

アナトリア半島ヨーグルト紀行

2013年1月1日掲載

中部アナトリア、カッパドキアの奇観

チーズはいつどこで最初に作られたか。これはなかなか興味ある問題だが、有史以前の出来事なのでワイン同様、はっきりした答えは出ないだろう。しかし、ワインの巨匠ヒュー・ジョンソンは「ワインは発明されたのではなく、発見されたのだ。葡萄の果汁がたまったところにワインがあった」と書いているが、チーズの誕生も似たような状況だったに違いない。しかし、チーズの場合は動物を飼い馴らして、その乳を器に搾り取る必要があった。こうした状況から人がいつ牧畜を始めたかを知れば、チーズがいつできたかをほぼ推定できる。

ホテルの朝食に出されたヨーグルト

文化人類学者の石毛直道氏は牧畜の発生の時期と場所を、山羊や羊は紀元前1万年頃に北部メソポタミア(現在のトルコとイラクの国境あたり)で、牛は紀元前8千年頃、東地中海で発生したとしている。したがって、チーズが作られたのはこの頃と推定できるのである。しかし常識的に考えると、最初の乳製品はヨーグルトであったと思われる。器に搾り取ったミルクを暖かい所に放置しておけば、自然の乳酸菌が繁殖し、乳酸によってミルクは凝固する。このようにして凝固したミルクは、食用に適するばかりではなく、腐敗も防ぐことに気が付いたはずである。

ヨーグルト文化はヨーロッパより、中国を除くアジアに広く分布していた。今から100年ほど前、ロシアの微生物学者メチニコフが、ブルガリアに長寿者が多いのはヨーグルトを常食しているからという学説を発表し、ヨーロッパにヨーグルトが普及するきっかけを作ったといわれる。

ヨーグルトのサラダ、ジャジク

ヨーグルトという言葉はトルコ語のyoğurtに由来し、ほぼ世界語になっているが、牧畜の発祥の地とされるアナトリア半島に、トルコ人が古くから住んでいたわけではない。およそ千年前、中央アジアからトルコ系の騎馬遊牧民がこの半島に進出して国を建てた。

遊牧民にとってヨーグルトは古代から大切な食糧であったが、今もアナトリア半島を旅すると、毎日ヨーグルトが出てくるが、地方によってかなり品質に違いがある。筆者は学者ではなく、少々好奇心の強い旅行者といったところだから、詳しい分析はしないが、毎日ホテルやレストランで出てくる個性的なヨーグルトに興味をそそられた。

ホイップクリームのような立ち売りのヨーグルト

まずホテルの朝食では必ず熟成させていない白いチーズ、ベイヤーズ・ペイニルと一緒に、相当なボリュームのヨーグルトが出される。このヨーグルトは、客の好みにより野菜や果物にかけて食べる。トルコ料理では、サラダ、スープ、肉料理などに広くヨーグルトが使われるが、最も有名なのがきゅうりとヨーグルトのサラダ、ジャジクである。同様な料理はギリシャにもあるが、さいの目に切ったきゅうりをヨーグルトで和えたもので、オリーヴ油をたっぷりかけることもある。

市場で大量に売られる白いチーズ

驚いたのは、ガソリンスタンドのわきでヨーグルトを立ち売りしていた事だ。ホイップクリームかと近寄って見れば、これがヨーグルトなのだ。その場で皿に盛り、蜂蜜とけしの実をかける。食べてみると水分の少ない濃厚な味のヨーグルトだった。このようにしてほぼ1週間アナトリア半島の旅で毎日ヨーグルトとチーズを食べ、古代から何千年も食べ継がれてきた乳製品の偉大さを改めて考えさせられたのである。