世界のチーズぶらり旅

まぼろしのイスタンブール

2011年1月4日掲載

キャプション

古代のチーズを求めて、トルコへの旅を思い立った。いま一つのチーズ発祥の地といわれる中央アジア、トルキスタンあたりに勢力を張っていた騎馬遊牧民族が西方に進出をはじめ、11世紀にはイスラム世界を制圧してアナトリア半島に帝国を建設する。現在のトルコの前身である。

もともと遊牧民であった彼等は、都市生活者でもヨーグルトやチーズなどから縁が切れる事はなかったし、いまもユルックという遊牧生活を送っている人々もいる。彼等のチーズは「ペイニル」と呼ぶ。凝乳酵素で山羊、羊、牛などの乳を固め、布袋で水分を切っただけの固まりを「トパック」といい、これをそのまま切って食べたり、朝市で売ったりするが、大半は薄く切って陰干しにしたものに塩をまぜて山羊の皮の袋に詰める、保存用の「デリ・ペイニル」というチーズになるという。これらは、まさに古代からある進化していないチーズなのである。私は何千年も続く遊牧民のチーズ造りを見るべく、イスタンブールに向けて飛び立とうしたのであった。

パリのドネル・ケバブ

ところが、出発直前にクルド人の過激派の親玉が逮捕され、イスタンブールはテロの危険が増大したため、外務省は旅行社を通じて渡航自粛を勧告してきた。行き場を失った私は、取りあえず経由地のパリに飛んだ。
花のパリとはいえ目的地でない町での5日間は手持ち無沙汰である。交通機関には乗らずに、一人でパリ中を無闇に歩き回ったり、場末の安レストランに入り浸り、ワインを1日2本は飲んだ。宿があるセーヌ左岸のパリ6区、7区あたりには、アラブ系のレストランがひしめいている。世界三大料理の一つと自慢するトルコ料理は、イスラムの宮廷料理の血をうけついでいるというが、不勉強な私には見分けはつかない。市場をのぞいてもペイニルなど影も形もみつからない。

ドネル・ケバブのサンドイッチ

街角でよくみかける、薄切りの羊肉を20センチもの厚さに巻き付けたものを、回しながら焼くドネル・ケバブという料理はたしかトルコにもあったなと思い、この羊の焼肉をはさんだ巨大なサンドイッチを買い、夕暮れの小さな公園で食べた。予定通りであれば、今頃はヨーロッパとアジアを分けるボスフォラス海峡を望むレストランで、地中海に落ちる夕日を浴びながらシシ・ケバブなどに食らい付いているところだろうと、幻に終わったイスタンブールに思いを馳せたのであった。(S)