乳科学 マルド博士のミルク語り

哺乳類誕生前のカゼイン

2016年3月20日掲載

哺乳類が誕生したのは約1.5億年前ですが、哺乳類誕生前の動物にも先祖カゼイン(注1)は存在していたことは前回(2016/2/20)説明しました。カゼインはミルクを分泌する前の動物の一体どこに存在していたのでしょうか。最近、遺伝子解析技術が進歩し、歯および歯の周辺に全てのカゼイン遺伝子が存在していることが明らかになってきました(Kawasaki et al., Mol. Biol. Evo., 2011)。歯!はぁ~?

「全ての」と書きましたが、まず現在の牛乳中に存在している主なカゼインについて簡単に説明しておきます。 牛乳を脱脂して20℃にてpHを4.6にしたときに沈殿してくるたんぱく質がカゼイン、沈殿しない画分がホエイです。カゼインには4種類あり、それぞれαS1-(アルファ エスワン)、αS2-(アルファ エスツー)、β-(ベータ)、κ-(カッパ)カゼインと呼ばれています。κ-カゼインはカルシウムが存在していても安定ですが、他のカゼインはカルシウムで沈殿します。κ=河童=泳ぎが上手で沈殿しない、と覚えておくとよいかも。

歯からはこれらカゼインの進化する前の遺伝子(先祖遺伝子)が見つかったのです。このため、カゼインは歯を丈夫にするために必要なリン酸カルシウムを歯に運搬・制御する働きを担っていたと推定されています。歯の表面はエネメル質と呼ばれ、リン酸カルシウムの結晶(ハイドロキシアパタイト)から構成されています。したがって、エナメル質に孔があく(すなわち、リン酸カルシウムが溶け出す)ことが虫歯の初期段階となります。

では、ミルクにもリン酸カルシウムを歯に供給し虫歯を予防する効果が残っているのでしょうか。なんということでしょう!実はミルク、特にハードチーズには優れた虫歯予防効果があるのです。日本人の多くはこのことを知りませんが、世界保健機構(WHO)の公式報告書にもちゃんと記載されています(WHO Technical Report, 2003)。これによれば、ミルクはキシリトールと同程度に有効である可能性があり、ハードチーズにはさらに確かな科学的根拠があると報告されています。キシリトールの虫歯予防効果は子供でも知っていますが、それと同じ位、あるいはそれ以上に確かな根拠があるのです。私たちも、「チーズって虫歯予防にいいんだゼ!!」と世間に知らしめないといかんですな。

何故、虫歯予防に有効かといえば、第一にミルクの緩衝作用(注2)により口中pHが下がりにくいことが挙げられます。リン酸カルシウムは酸性では溶けだしますが、中性では水に溶けません。したがって、虫歯菌が酸を出しても、口の中が酸性になりにくいので、エネメル質に孔があきにくいのです。第二に、仮に小さな孔があいても、ミルクやチーズのリン酸カルシウムが孔を塞いでくれます。これこそ、まさにミルク進化の過程で先祖カゼインが担った重要な役割です。第三には、ハードチーズを食べるときはしっかりと咀嚼するので、唾液が十分分泌され、唾液中の抗菌成分により虫歯菌を退治するのです。

  ここにもミルク進化の過程で哺乳類誕生前のミルク成分が果たしていた役割がミルクの中に残っているのです。

注1:現在のカゼインに進化する前のカゼイン。カルシウムを沈着させるものとカルシウム沈着を制御するものの二種類あったそうです。後者の先祖カゼインがκ-カゼインに進化しました。

注2:ミルクのたんぱく質やミネラルにより、酸やアルカリが少し入ってきても、pH変化が小さくなる作用。