表題を見たらちょっと引いてしまう人もいるかもしれません。でも歴史的にもチーズ作りに豚は欠かせない家畜だったのです。チーズを作る時に大量に出るのがホエーと呼ばれる水分ですね。やや緑がかった黄色い液体です。チーズはミルクの中の主に蛋白質と脂肪をなどの固形物を取り込んで作りますが、固形分の量はせいぜい10数%ですから、流れ出るホエーの量は結構な量になります。ホエーの中には、チーズに取り込まれなかった蛋白質や乳糖などの糖質、ミネラル、そして大量の生きた乳酸菌が含まれているのです。大手のチーズ工場であれば、このホエーを煮詰めて粉末にし、粉乳やお菓子の原料にしたりしますが、設備の無い小さなチーズ工房では廃棄するしかない厄介者なのです。
しかし、ヨーロッパなど何千年もチーズを作ってきた国では、古くからこのホエーを餌として豚に与えてきました。今から2千年前にローマの政治家であり農学者でもあったカトーが書いた「農業論」の中で、チーズ用の羊100頭の対し10頭の豚を飼いチーズ製造時に出るホエーを処理させるべしと書かれているとのことです。
ヨーロッパの田舎の小さなチーズ工房を訪ね歩けば、工房から少し離れたところに豚小屋があるのは珍しくない。ピレネー山中や、スイスの高山の夏のチーズ小屋の近くにも豚小屋がありました。ホエーは栄養価が高いからそのまま廃棄するとたちまち腐敗して河川を汚染する。それを防ぐために、ホエーを豚に与えるという方法を2千年以上前から行われていたという事は驚くべきではないでしょうか。
さて、豚にホエーを与えるとどうなるか。日本でもホエーの栄養的な価値が期待され、十数年前から北海道の十勝地方で、豚にホエーを与える実験が始められました。それによれば、ホエーを与えた豚は乳酸菌の効果か、病気にかかりにくく成長が早い。しかもその肉は柔らかく臭みがないという報告です。今では「ホエー豚」あるいは「ミルキーポーク」というブランド名で売られているのはご存じのとおりです。
話は変わりますが、筆者は生ハム狂いで、ヨーロッパへ行くと土地の生ハムを必ず食べるようにしていますが、20年以上前にパルミジャーノの取材で行った先で、バラの花びらのようなパルマの生ハムを食べて衝撃を受けました。このプロシュート・ディ・パルマという生ハムはイタリアきっての生産量を誇り世界に輸出されています。このハムを作るには、まず飼育される豚の品種や飼育するエリアなど、いくつかの厳しい決まりがありますが、その中でユニークなのが、パルミジャーノ・レッジャーノのホエーを一定量与るべしという決まりがあるのです。パルマハムの甘味がある、しっとりとしたバラ色の肉質はこうした、元祖ホエー豚から生まれるのでしょうか。
ヨーロッパへ行くと、たいていはその土地特産の、個性ある生ハムがあり、カフェの壁にぶら下がっていたりして、生ハム好きにはたまらない光景なのです。