ヨーロッパの都市や田舎町の朝市に通う事を何年も続けています。様々な国々のチーズを見るにつけ、チーズの多様さには驚かされます。行くたびに新しい発見があるのです。それにしても単なる白い液体から、これほどバラエティーに富んだ製品が作られるのは奇跡といっていいくらいです。さらには近頃の新しいチーズは形の面白いものがたくさんありますが、これ等は消費者にアピールする戦略から生まれたものでしょう。しかし古典的なチーズの特徴的な形や大きさ、固さ、味わいなどの物性はそのチーズが生まれ育った風土や環境などによって長い間にできあがったものですから、それらにはちゃんとした理由があるのです。
チーズとは、簡単に言えばミルクを何らかの方法で固め、そこから水分の一部を除いたものという事ができます。そしてそのチーズの「かたち」を作るものが日本語でいうと「型」ですが、モールドといった方が分かりやすいでしょうか。チーズの歴史は6千年とも8千年とも言われていますが、古代のチーズの水切りは最初、草などで編んだザルの様なものを使っていたと考えられていますが、このような道具は遺跡には残りません。やがて時代が下ると壺の側面や底に小さな孔をあけたものが発見されます。このようにして凝乳(固めたミルク)から水分を漉し取る器具の型がチーズの形や大きさを決めるのです。ちなみにチーズを意味する、イタリア語のフォルマッジオやフランス語のフロマージュはラテン語の「型」を意味するフォルマ(forma)から来ています。
ヨーロッパの古典的なチーズのほとんどが、中世までにその原型がほぼできあがってきますが、それぞれの風土や環境、原料の事情によってチーズのタイプ、形、大きさが決まってくるのです。山岳地帯などではチーズを山の上から運び降ろしたり、冬の保存食にするために固くて大型のチーズが作られていますし、平野で消費地に近い所では小型で柔らかく、熟成期間の短いチーズが多く作られています。また乳量の多いウシ乳のチーズは大型のチーズを作ることができますが、ヤギやヒツジなどの乳量が少ない動物のチーズは中型や小型のものが多いのです。特に凝固が不完全で、組織がもろいヤギ乳のチーズは一般的には小型に作られますが、その分かたちに特徴のあるものが多く、饅頭形、ピラミッド形、バトン形、樽栓形などの面白いものがたくさんあります。例外はありますが、これ等のチーズの種類の数だけチーズの「型」が存在することになります。
中世末期からチーズの交易が盛んになると、それに合わせてチーズのかたちや大きさが変化してきます。腐敗を防ぐため水分を少なくしたり、逆に水分の蒸発による目減りを防ぐための工夫などで、新しいタイプのチーズが作られていきました。特にいち早くチーズの輸出大国に躍り出たオランダは、船旅に耐えるチーズを作り出します。ゴーダと並ぶ重要な輸出品だったエダムは乳脂肪を少なくし、固い小型の球形に作られています。そのため扱いやすく日持ちがするので、大航海時代船員の食糧として樽に詰められ、世界の海を渡っていきました。江戸時代に日本にやってきたオランダ人はこのエダムチーズを将軍綱吉に献上したという記録が残っているそうです。
近代になると様々なチーズが輸入されるようになり、我々の生活に浸透していきますが、お馴染みのチーズもそのかたちを作る「型」はチーズの生産現場へ行かなければ見ることができません。そこでいくつかの「型」を写真でお見せしましょう。ソフトチーズの場合は底のないモールドをスノコにのせて脱水します。またパルミジャーノの様にスライドするフレームで締め付けて成形する方法も良く見られます。