フロマGのチーズときどき食文化

一つの村に一つのチーズあり

2013年1月15日掲載

カマンベール村の標識

フランスにはアン・ヴィラージュ・アン・フロマージュ(un village un fromage)という言い方があります。「一村一チーズ」とでも訳しましょうか。 フランスの伝統チーズは、数百年の歴史を持つ物も珍しくありませんが、それらが作られた当時は当然「商品名」という概念などなく、どこかの村の誰それがつくるチーズが近在に知られるようになればその場所や村の名前を付けて呼ばれるようになったのでしょう。

おなじみのカマンベールはフランス西部の小さな村に由来しますが、行ってみると過疎化が進んだのでしょうか、数軒の家があるだけでとても村には見えません。同じノルマンディー産のポン・レヴェック、リヴァロなど名も村や町に由来するチーズです。フランスのAOP(EUの原産地名称保護)指定のチーズだけをざっと数えてみても半分以上が村や町の名がつけられています。また、コンテ、サヴォワ、オーヴェルニュなど生産地域名で呼ばれるチーズも多く、これらを入れるとほとんどが、現産地名が入っているのです。

カマンベール村の小さな博物館

ヨーロッパでは、近代にいたるまでは交通網も整備されていず、たびたび戦争も起こり治安も悪かったので、一般の人達は旅をすることなどはほとんどなく、一生村を出たことがない人だって当たり前にいたのです。したがってその土地のチーズはその土地で食べられていたのでしょう。今でいう地産地消というわけです。外からの情報が少ない時代では、作り方もその土地の生活に根差した独自の製法が受け継がれていくことになります。一つの村に一つのチーズあり、と言われる状況はこのようにして生まれたのでしょう。

フランスに鉄道ができたのは1832年で、カマンベールはやっとこの鉄道でパリに運ばれ市場で名を知られるようになります。このように流通が発達し情報が容易に伝わるようになれば、特定のチーズが人気を呼び、やがて大量生産されるようになります。そして時勢になじまないものは消えていくことになる。このように時代の波に消されていった村のチーズもたくさんあるのです。

ヨーロパのAOP認定のマーク

一方、日本にもかつての村や地域の名を冠したものがたくさんありました。チーズと同じ発酵食品である味噌を例にとれば、地方独特の作り方をした固有の味噌が全国津々浦々にありました。そしてそれらは産地の名で呼ばれることが多かったのです。

いわく、津軽味噌、仙台味噌、会津味噌、信州味噌、八丁味噌、讃岐味噌、等などです。

こうした味噌も長い間、産地特有の味を守りながら地元で消費されていたのでしょう。現在では大手がつくる製品に売り場が占領され、普通の店で古い地方の味噌に出会うのは難しく、情報もきわめて少ないのです。その点フランスやヨーロッパに古いチーズが残っているのは「原産地名称保護制度」のおかげです。最初にこの制度を作ったのはフランスで、現在ではEUの制度(AOP)に統合されていますが、この制度の目的は、特定の風土の中で生まれた優れた食品を公的機関が守ることで、伝統的製法や生産エリアを厳格に定め、消費者には正確な情報を提供していますが、最初の目的は偽物防止だったようです。

日本でもこのような制度をつくる動きがありましたが実現できていません。だから地方の名品は今も物産展やネットで探すしかないのです。