フロマGのチーズときどき食文化

パスタのゆで加減

2012年7月15日掲載

様々な形のイタリアのパスタ

イタリア料理といえば、まずパスタが浮かんできますが、パスタってなんでしょう。辞書でPastaをひくと練りもの、練り粉の他に生地などが出てきます。簡単にいえば粉状の物に液体を加えて練り込んだ物をパスタというようです。チーズにもパスタ・フィラータという分野があります。モッツアレラのように、生地をお湯で練ってフィラトーラ(ひきの伸ばす)した生地をいうのです。

最近出た「パスタの歴史」という本にはパスタの定義というのが載っていますが、あまり良く分からない。練った粉を焼けばパンで茹でるとパスタと言っているのかも知れません。日本ではパスタはイタリア風の麺類と大雑把にいう人もいますが、日本語の麺は細長いことが条件ですから、ラザーニャやニョッキなどはイメージが少し違ってきます。

ナポリのパスタ工場

さてヨーロッパの中でイタリア半島に広く普及したパスタはどこから来たか、という問題が起こります。大方のパスタの本には、13世紀に中国を24年間にわたって旅してきたマルコポーロが中国から持ってきたという説をのせ、そのあとで大急ぎでマルコポーロ以前にすでにイタリアにパスタの記録はあったと付け加えている。どの本も同じパターンなのがおかしい。

地中海に突きだしたイタリア半島の各地は、古くから海上交易の拠点となり多くの民族が行き来していたので、小麦粉さえあればパンより簡単にできてしまうパスタは各地に広まったのでしょう。特に乾燥パスタはアラブ人が発明してシチリアに伝えたといわれ、シチリアはパスタの一大産地となります。今はナポリが乾燥パスタの主産地になっている。

豪快なパスタ料理。ナポリで

スパゲッティといえばナポリタンという人はけっこういますが、食品会社ではナポリタン用のトマトソースを出しているから無理からぬ事ですが、これは日本人が発明した料理でナポリにはありません。16世紀に南米原産のトマトをヨーロッパに伝えたのはスペイン人ですが、食用として普及するのに200年もかかり、18世紀になってからやっとトマトソースが作られるようになります。しかしなぜかパスタと出会うには更に100年かかってしまいます。それまで何百年もパスタはもっぱら粉チーズをまぶして食べていたので、トマトソースと合せるという発想はわかなかったのでしょう。しかし19世紀の後半、ついにトマトソースと出会ってパスタは新しい料理として世界中に普及していくのです。

ところで日本では穴のあいたパスタはマカロニ(マッケローニ)、細い棒状の物をスパゲッティといっていますが、イタリアでは地方によっては、パスタを総称してマッケローニと言ったりします。穴あきパスタはけっこう古く、生地を細い棒に巻き付けて作りますが、今もこの方法で生パスタを作っているイタリアのおばあさんを見ました。

トマトとパスタが出会うのは20世紀

パスタのゆで加減といえばアル・デンテ(al dente)という言葉が返ってきそうですが、この言葉が日本に浸透したのは1980年代あたりでしょうか。denteは歯という意味ですから、日本語でいえば歯ごたえとでも訳しますか。イタリアではこのゆで方が古くからの調理法と思いたいのですが、昔のイタリアではパスタは1時間とか2時間ゆでていたのです。当時は歯ごたえよりトロリとした食感が求められていたようで、特にイタリアの北部では今でも南より柔らかいそうです。イタリアでもアルデンテという言葉が普及するのは第一次世界大戦後(1918年以降)になってからだと言う事です。

話は変わりますが,日本もイタリアに負けず劣らずのパスタ王国です。この前香川県はうどん県を宣言しましが、全国各地に独特なうどん、そば、そーめん、ひやむぎなど、和製のパスタがひしめいていますし、20世紀に急速に普及したラーメンや焼きそば、餃子など大陸渡来のパスタが全国を席巻し独特のパスタ文化を形成しています。更にイタリアのパスタも一般家庭にも浸透しており、現在年平均の消費量は一人当たり3kgですが、この量は多いか少ないか。ちなみにうどんは33kgだそうです。