フロマGのチーズときどき食文化

公爵様の香り酢

2012年2月15日掲載

伝統的製法のトラディツィオナーレ

世界にいろいろなお酢がありますが、日本や中国では古くから米などの穀物から作られていました。 一方ヨーロッパでは基本的にはワインなど果汁から酢が作られる事が多いのですが、歴史はけっこう古い。二千年前クレオパトラが真珠を酢で溶かしてドレッシングにした、なんていうちょっとマユツバ的な伝説があるほどです。

フランス語で酢はVinaigre(ヴィネーグル)。これを分解すればvin=ワイン、aigre=酸っぱい、となり酸っぱくなったワインが酢というわけです。原理を簡単にいえば酒のアルコール分を酢酸菌が分解して酢酸を作ります。ワインを空気に触れさせて長くおくと酢になる。いまはそんな事は無いようですが、昔は作り方の悪いワインが酢になることがしばしばあったそうです。それを防ぐ方法を考えたのが、かの有名なパスツールです。

発酵・熟成中のバルサミコ酢

さて、イタリアのバルサミコ酢といえば今では誰もが知っていますね。でも、日本で知られるようになったのは1980年代あたりでしょうか。イタリア語ではアチェート・バルサミコ(Aceto Balsamico)といいアチェートが酢で、バルサミコは、芳香、香りなどの意味があるので「香り酢」とでも言いますか。この酢は千年程の歴史がありますが、イタリアでも一般にはほとんど知られていなかったのです。なぜかといえば、この酢はイタリア中部の貴族達が自家用に、または権力の象徴として特別に作っていて、門外不出だったのです。公爵様の酢(Aceto di Duca)などといわれる、この高貴な酢が20世紀後半になってから日本のスーパーの棚にまで並ぶようになったのは、工場製のものが大量に出回るようになったからです。このクラスだとラベルには単にアチェート・バルサミコと書かれています。

温かい雰囲気のモデナの街並。

この酢は昔から中部イタリアのモデナの周辺でつくられ、現在は法令にのっとり、最低5、6年樽で熟成させた物はアチェート・バルサミコ・ディ・モデナとラベルに書かれています。更には10年、50年、100年間熟成させたものもあります。作り方は独特で、特定の品種の葡萄の果汁を半分に煮詰めたモストコットという甘い液体を最初から樽で醸成させます。黒い樽が並んでいる写真を見てください。樽が7コ並んでいますが、左から順に容量が少なくなっています。最初はこれらの樽全部に古いヴィネガーを四分の一程入れ、次にその年に作られたモストコットを四分の三の量になるまで注いで、そのまま1年間置きます。すると中身は蒸発したりして30%減ります。一年経ったら一番小さな樽の減った分を隣の樽から補充する。その補充で減った分を隣から補充する、という風に順繰りに補充していき、最後の大樽の減った分は新しいモストコットを注ぎます。樽は満タンにせず栓で密閉したりしません。このようにして写真の7樽のセットなら製品になるまで6年かかるわけです。しかも、この樽はすべて違った材質の木で作られている。材質によって個性がでるのです。こうして樽の中でアルコール発酵と酢酸発酵がゆっくりと進み、更には熟成されて香り高い酢になっていくのです。

トラディツィオナーレ(伝統的)という呼び名は、厳しい規定のもとでつくられ12年間寝かせた上で審査に通った物に与えられラベルに書かれます。こうして作られた酢は「黄金の液体、調味料のキャヴィア」となどと呼ばれ、最高級のヴィネガーとして世界の愛好家に珍重されているのです。 モデナの隣のレッジョ・エミリアでも僅かに作られていますが、ここは、パルミジャーノ・レッジャーノの産地の中心で、工場でのパルミジャーノの試食にはバルミコ酢が添えられていました。これがまたよく合うのです。試してみてください。