かつては日本各地で盛んにヤギが飼われていて、年配の方から「ヤギの乳で育った」という話を聞くこともよくありました。もともと日本に乳用ヤギはいませんでしたが、明治39年には農商務省がスイスから輸入してから徐々に普及していき、のちの日本ザーネン種の育種につながりました。「貧農のウシ」ともいわれ、戦後の昭和32(1957)年の約67万頭が統計上の飼養頭数のピークです。
明治から戦後にかけてはヤギ飼養に関する小冊子や書物も多数出版されており、今も古本として入手可能なものがいくつもあります。
『實験飼育 山羊詳説』(村上榮著 養賢堂 昭和16(1941))は石川県の畜産試験場技師が欧米の文献をもとに著したものです。「実験」は動物実験をするという意味ではなく、実地の体験ということでしょう。詳細な飼養・繁殖技術が記されています。チーズについても概論が述べられ、「山羊乳より製せる諸外国のチーズ」として10種が挙げられています。その多くは現在ヤギ乳製ではありませんが、20世紀初頭はそうだったのか、あるいは情報が乏しかったためなのか。
もう一つ『乳用山羊の実際』(北原名田造著 賢文館 昭和13(1938)、増訂版 朝倉書店 昭和17(1942))の著者は、長野県の桔梗ヶ原でヤギ牧場を経営し篤農家として知られた方で、後の駒ケ根市長。実際の酪農経営に踏み込んで解説しています。
いずれも「ヤギこそが育児や栄養強化に貢献し国益にかなう家畜」と主張され、強い熱意が感じられます。
高度成長期とともにヤギの飼養頭数は減っていき、ヤギに関する書物の出版も減りました。しかし1990年代になって、「農業・農村見直し」の動きとともにヤギ飼育も見直されてきました。書籍では『新特産シリーズ ヤギ 取り入れ方と飼い方/乳肉毛皮の利用と除草の効果』(萬田正治著 農山漁村文化協会 2000)が衝撃的でした。
「新特産シリーズ」は、少量多品目生産で遊休地活用・中山間地活性化、を謳って野菜・山菜等の栽培・加工をすすめる技術書シリーズです。当時「ドジョウ」や「アヒル」が出版されていましたが、ヤギも「特産品」として導入されるのかと感じ入り、すぐ購入したものでした(前身に『特産シリーズ ヤギ 飼い方の実際』(北原名田造著 1981)があったことは後に知りました)。
昭和時代の技術書と違う点は、幼稚園や小学校での情操教育と除草効果について触れられていることです。家畜への視点が変わったことを感じます。
そして、一般向けの図書として発売されたのが『ヤギ飼いになる』(ヤギ好き編集部編 平林美紀撮影 中西良孝監修 誠文堂新光社 2009、New edition 2017)です。
誠文堂新光社といえばムック『うさぎの時間』があるように、かわいい写真満載のペット本を多く出版しています。飼い方ガイドでもありますが、飼って楽しむ、かわいい、というペット的要素が強く出されています。さらに『子ヤギの時間』(子ヤギの時間編集部編 平林美紀撮影 誠文堂新光社 2010)は、「まきば系フォトグラファー」平林美紀さんによる、表情豊かな仔ヤギを愛でる写真集といった趣です。
『ヤギと暮らす』(今井明夫監修 地球丸 2011、扶桑社 2023復刊)は、実際に飼育している農家の生活の様子が伝わり、本格的にヤギを飼いたくなってしまう楽しいガイドブック。ヤギを飼うあのチーズ工房も紹介されていますよ。
そして、動物学・家畜生産・社会文化など広範囲に論じた『シリーズ家畜の科学3 ヤギの科学』(中西良孝編著 朝倉書店 2014)。ヤギを飼い始めたならこれを熟読し、ヤギとはどんな動物なのか改めて知っておくこともおすすめしておきます。