人類が作り出した加工食品の中で、種類の多さと形の多様性、そしてそこからくる味わいのバラエティーの豊かさは、チーズにかなう食品は他にはないでしょう。その秘密の一つはチーズが育つ熟成庫にあります。でも普通の人が、ヨーロッパのチーズ工房の熟成庫を見学するためには、ある程度の知識がないとよく解らない。少し古い話になるけれど、筆者は20代前半の数年間チーズ工房での仕事を皮切りに、チーズ製造に関する仕事に関わり、その後、1970年代のワインブームの後にチーズ・ブームがやってくるとヨーロッパのチーズを見るために、各国の産地をめぐる旅に出るのです。当時、日本では見ることができないチーズの製造現場の写真にこだわっていた筆者は、熟成庫も丹念に撮影させてもらったのです。
チーズの製造室や熟成庫には、それぞれチーズの種類や大きさによって、特有な道具や器具があるけれど、熟成庫の棚に並ぶ裸のチーズの製法や性質をある程度知らなければ、それらを的確に理解しカメラに収めるのはとても難しい。
そして、それらの周辺には様々な道具や装置などもたくさんあるのです。このコーナーではそんな道具なども紹介しましょう。
まずはチーズ製造の新しい装置から始めます。写真①はスイスの近代的な小さな工房のチーズ製造装置を撮ったものですが、これはレンネットと呼ぶ「凝乳酵素」で凝固させたミルクの脱水を促すため、ピアノ線を張った電動のナイフでカードを細断しているところです。これを撮影した頃はこの装置はまだ新しく、とても清潔で便利そうでした。しかし、伝統的な名のあるチーズを造る工房では古くから使っている器具を使い、昔ながらの製法で作らなければ、その伝統名を名乗ることができないチーズもあるのです。写真②は現在もヨーロッパで一般的に使われている銅釜とカード・ナイフです。
写真③は焚火で銅釜を温めてチーズを作っている風景ですが、この写真は古そうに見えるけれど、写真①と同じスイス南部にある小さな工房で撮ったもの。
白髪の老人が孫?と一緒に作っているこのチーズは、ヴァシュラン・フリブリジョワ(Vacherin Fribourgeois):という名の、スイスのA.O.P.認証のチーズでした。
写真④はブリ・ド・モーのカッティングの情景です。このチーズは大きなバケツ状の器具に牛乳を満たして凝固させ、このバケツ2個を一組とし、一方のバケツの凝乳はサーベルで10cm角ほどの柱状にカットし、二つ目のバケツの凝乳は切れ目を入れず、これ等を交互にペル・ア・ブリと呼ぶ道具で薄く削ぎ取りチーズの型に入れていく。言葉での説明はちょっと難しいけれど、この様にして、あの厚みの無い巨大な白カビチーズの形を作っていくのです。
さて、ここで、チーズ製造で行われるカード(凝固させたミルク)のカットについて、少し考えて見ましょう。チーズを造る初期の段階で大事なのは、凝固させたカードにどれだけ水分を残すかにあります。カードを細かく切り温度を上げると水分の排出が促進されるので、この方法は残留水分が少ないハード系のチーズに使われ、ソフト系のチーズはカードを大まかにカットし水分を残す。といっても、これらの方法は作るチーズの大きさ、硬さによって千差万別。しかも、原料の乳は季節により、あるいは、動物の種類によって千差万別だからとても難しそうなのです。まあ、このような大雑把な知識ではチーズなど作れるはずもないけれど、知っておくと、将来チーズ工房などを見学した時、あるいは新しいチーズを食べた時などに、更にチーズへの興味が深まるかも知れません。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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