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チーズを作るためにはまず、ミルクを凝固させ水分(ホエイ)を除去する必要がある。その方法は古代より変わらないやり方があると、アメリカの乳産品の科学者ポール・キンステッドはその著書『チーズと文明』に書いている。そして、その方法は人がヒツジやヤギなどの小動物を家畜化した時に始まっただろうとしている。つまり、これ等の小動物の乳飲み子が事故死したときにその遺体を解剖すると、その動物の第4胃に凝固したミルクがある事を発見し、これが今も広く使われている動物性のレンネットの発見だとしている。更に古代ギリシャの吟遊詩人のホメロスの作といわれるイリアスという作品の中に「イチジクの樹液が見る間に乳を凝固させる」という記述が見える。これによって、人類は早くからこれ等の方法で乳を凝固させチーズを作っていたという事を知るのだが、これから紹介する別の凝乳材は恥ずかしながら筆者は21世紀になってから知ることになる。
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もう十数年前になるだろうか。スペインの南西部のポルトガルと国境を接するエストレマドゥーラ州を旅した時に、これまでに見た事もないチーズに出会う。大草原の道を車で走っていると、羊の大群が見えたので、写真を撮るために車を止めると、その近くにチーズ工房があったのだ。我々はこれ幸いとばかりに、見学を申し込むと快諾してくれた。
当時の日本はチーズ・ブームだと言われていたけれど、スペインのチーズは、一般には知られておらず、我々もほんの一部を除きほとんど知識がなかったから、この工房は宝の山であった。まず、ここではミルクを凝固させる凝乳材が、アーティチョーク(チョウセンアザミ)の雄シベである事に驚いたのである。このアザミのつぼみはフランスなどでは野菜として露店市などで普通に売られている。
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余談になるがこの野菜に初めて出会ったのが若い頃、語学研修という名目の海外旅行でフランスの地方大学の寮で生活した時、この寮の食堂で、いきなり茹でたての巨大きなこのアザミのツボミが皿に乗っかって出てきた。「何んだこりゃ!」と同行の仲間たちの間で大騒ぎになったが、筆者は事前にフランスの地方の食文化について少しは勉強したので、この野菜の事は知識として知っていたが、お目にかかるのは初めてだったので、周りのお客を見て食べ方を知り、試食に取り掛かった記憶がある。だがこのオードブルは大きさの割に食べるところがとっても少ないのである。
話がそれてしまったが、突然訪れたこのスペインのチーズ工房では、このアザミの花を開花させ、それを写真②の様に乾燥させ、その雄シベを凝乳材に使っているのである。こうした事は日本のチーズの資料にはほとんど出ていない。この凝乳材を使うとミルクの凝固が柔らかいので、熟成の時は写真④の様に側面にレースやサラシを巻いて熟成棚に並べられていた。
スペインという国は面白い。ある資料にこの国の呼び名は何通りかあるけれど国名は一つに決まってはいないとか。普通はエスパーニャ呼ばれているが、これはウサギの国という意味だそうだが、北部の乾燥地帯にはウサギは住めそうにないが、このエストレマドゥーラならばウサギが跳ねていそうだと、確かこの地を訪れた司馬遼太郎氏が書いている。この広大な平原に羊を放ち、そのミルクから個性的なチーズを作り出す新しい工房が、草原の中に点在していた。
だが、この地方からポルトガルにかけて羊乳をアザミのレンネットで凝固させて造られるチーズは、柔らかくて取り扱や輸送がむずかしいらしく、このタイプのチーズに出会うには生産地に足を運ぶしか方法はない様である。
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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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