カードナイフの形
これまでもこのシリーズでカードナイフに触れてきたけれど、チーズの種類によって、あるいは製造設備の状況によって、この道具の形や大きさには様々なタイプのものがあります。一般的には金属のワクにピアノ線を張ったものが多いのですが、北イタリアには全く違った発想で造られたカードナイフがあるようです。そのあたりも探ってみましょう。カードナイフとは、乳を凝固させたカードをカットし、そこからから水分(ホエイ)をどれだけの量を排出させるかという重要な作業に関わっている道具なのです。
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一般的にカードナイフといえば、金属のワクにピアノ線張ったものが広く使われているけれど、これを弦楽器に見立ててハープと言ったりします。その典型的なのが写真①で、この形をアレンジしたものは今でも広く使われています。
しかし、すべての器具がステンレス製になっている近代工場では、チーズバットの自動撹拌装置にカードナイフを装着して自動的にカッティングしている所も増えている様です。
その一方ではピレネー山脈の中腹に羊を追い上げ、夫婦2人でチーズ作っているこの農家では、写真②のような小さな銅釜で羊乳を凝固させ、ピアノ線を縦に張った細長いカードナイフを操作してカッティングを行い、1日2個のオッソー・イラティーを造っていました。
しかし、器具を使わないでカードをカットする方法もあり、今でも行われているようです。筆者が初めてそれを目撃して衝撃を受けたのが、ポルトガルのチーズ工房の事でした。働いているチーズ職人は昔風にすべて女性でしたが、設備は小さいながら器具はすべてステンレス製の清潔な工房でした。ここでミルクの凝固から型入れまで、近くで見学させてもらったけれど、突然、衝撃的な場面を見る事になのです。工房の親方らしき女性に注目していると、いきなり彼女は小さなタンクで凝固させたカードに両腕を突っ込んでかき回し始めるのです。
この工房にはカードナイフなど無く、こうして、両腕を使ってカードのカッティングをしているのです。この様な光景は後年カナリア諸島でも目撃する事になるけれど、この島でのチーズ作りの情景はさらに衝撃的でした。その小さな工房はグランカナリア島の山中の荒野にあり、チーズを造る小屋には機械らしきものはいっさい無いのです。ミルクの凝固は輸送缶の中で行い、できたカードは写真③のように腕でカットする。そして、ホエイの排出は台所用のザルを使っていました。こうして作られたチーズは、どちらもその国のD.O.P.指定のチーズになるというから驚きでした。
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さて次は、これまで筆者が見慣れていたピアノ線のカードナイフとは全く違う発想の道具がありました。最初からイタリアチーズに親しんでいれば、驚くことはなかったけれど、日本では古くからオランダ原産のゴーダ・チーズが造られていたので、筆者はカードナイフといえばハープ型と思っていた。それが後年北イタリアのパルミジャーノの工房で初めて見たスピーノと呼ぶカードナイフには驚きました。
このナイフは写真4のように球形の鳥籠のような形をしていて、これで時間をかけてカードを細かくカットしていくのです。これには迫力がありました。この鳥籠型のカードナイフは、パルミジャーノなどの大きなチーズ専用の器具と思っていたら、後年北イタリアの地中海側の村でこのカードナイフに出会う事になるのです。
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北イタリアの地中海側にムラッツァーノという小さな村があり、その近くに、昔のように女性だけで村と同名のチーズを作る小さな工房があり、ここではエプロン姿のオバサンが小さな鳥籠状のスピーノを操りカードをカットしていたのでした。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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