ダンチェッカーの草食叢書

第19回 私家版チーズの丸かじり 東海林さだおさん

2023年6月10日掲載

週刊朝日がこの5月(2023年)に休刊になりました。101年の歴史がある総合週刊誌が事実上終了ということで、時代の変化を感じます。
いくつもある名物コラムが読めなくなるのがさびしく、特に東海林さだおさんの「あれも食いたい これも食いたい」が惜しまれます。36年続いた人気連載であり、ぼくも楽しみにしていました。それをまとめた単行本「丸かじりシリーズ」(朝日新聞出版)は45タイトルもあります(文春文庫では既刊43タイトル。2023年6月1日現在)。
 

『目玉焼きの丸かじり』
『タヌキの丸かじり』

何気なく文庫本『目玉焼きの丸かじり』を読んでいた時のこと。解説の姜尚美さんが(文庫版は著名人による解説もおもしろい)、このシリーズから自分の好物である「あんこ」の話題を探してリストアップしたら1冊分以上になったというのです。「私家版 あんこの丸かじり」の完成だと。これは長期連載シリーズならではの、ファンの楽しみ方ではないですか。
それでは、とぼくも「私家版 チーズの丸かじり」を編集できないか?と探してみました。
結果はどうだったか。なんと、チーズの話題はわずかしかないのです。

「チーズ閉眼」(『タヌキの丸かじり』所収 単行本2000、文庫2004)
ショージ君(人生の大先輩ですが、愛読者としては親しみをこめてこう呼びたい)は、チーズにはいろいろ種類があることはわかったけど勉強するのはあきらめて、デパートの売り場に立ち寄ります。店員に「ウォッシュタイプはお好きですか?」と聞かれ「ウォッシュだけはダメなの」と答えます。すると「こちらはいかがでしょう」とポン・レヴェックをすすめられる。買ってからあとで「してやられた」と気付くのです。
これは、チーズ屋のみならず「チーズ好きあるある」ではないでしょうか。「ヤギは苦手で」などと言われると、「それならこれを」とおいしいシェーヴルをすすめたりプレゼントしたりしたこと、ありませんか。ぼくはあります。それがかえって「チーズ閉眼」(開眼ではありません)につながることもある… 自省しながら読みました。開眼してほしくてオススメしたくなるのですよね。
 

『ブタの丸かじり』
『ドコカへ行こうよ』

「フォンデュの誓い」(『ブタの丸かじり』所収 単行本1995、文庫2000)
先輩漫画家のサトウサンペイさんと2人でスイス旅行に行ったときに食べたチーズフォンデュがとてもまずかったので「もうフォンデュを食べるのはよそう」と誓い合ったという。グリュイエールの風味が強かったのでしょうか。
それから20年後、ショージ君はなりゆきで東京のスイス料理店でフォンデュを食べてしまう。ところがそれがオイシカッタ。サンペイさんに申し訳ないと思いながら食べるのでした。
サトウサンペイさんは旅行エッセイ『ドコカへ行こうよ』(文藝春秋1972、新潮文庫1982)でそのスイス旅行について語っており、ショージ君もその文庫本の解説で思い出を披露しています。珍道中の様子がとてもおかしくて、それも好きな一冊です。でも、フォンデュのエピソードは書かれていません。

「ハイ『チーズ』」(『パンの耳の丸かじり』所収 単行本2004、文庫2008)
ビアホールで出てくるチーズとクラッカーの相性と物性に関する考察。チーズの味についてはあまり追及されていません。チーズに合うクラッカーをおすすめしたくなります。

『パンの耳の丸かじり』
『老化で遊ぼう』

東海林さだおさん(1937年生まれ)はいわゆる「焼け跡世代」で、チーズには大学生になってからスパゲティなどと同時に出会ったといいます。カステラもステーキもラーメンも、その頃に一挙に押し寄せて初体験ばかりだったそうです(赤瀬川原平と共著の対談『老化で遊ぼう』 新潮文庫 2008)。
チーズはきらいではないようですが、身近になかった世代なのだと思うのです。大先輩方の世代にどのようにおすすめしていくのか、チーズ好きとして考えさせられながらも、楽しい「私家版編集」の試みでした。

週刊朝日の休刊特別増大号(2023年6月9日号)で、東海林さんはこの連載を「どこかで継続したい」とコメントされています。ぜひ、何らかの形で続けてほしいと願っています。たまにはチーズも食べて、そこで取り上げていただきたいです。