フランスチーズを少し勉強した人なら、白カビチーズの王者ブリ・ド・モー(Brie de Meaux)を知っていますね。ソフト系のチーズなのに、あれほど薄くて大型のチーズは他にありません。さぞ取扱いに苦労するだろうな、と余計な心配をしてしまう。けれど、このチーズの産地は消費地のパリに近い上に、セーヌ川とその支流のマルヌ河が流れているため、この壊れやすい大型のソフト・チーズはこの水路を使って大消費地のパリへ無事に運ぶことができたのでしょう。さて今回はブリの話ではなく、誰が言い出したのか分からない「ブリ三兄弟」の末っ子のクロミエ(Coulommiers)の話です。
確かに兄貴分のブリは直径37cmもある円盤型で、その弟分のムラン(Melun)でも直系30cmほどの中型の白カビチーズです。そして、末っ子のクロミエは日本ではあまり知られていないけれど、見てくれはカマンベールを少し大きくしたようなチーズなのです。それに筆者の見た限りでは、このチーズは写真①のようにブリの製造ラインのわきで、ささやかに造られている。ま、これはしょうがないでしょう。クロミエはA.O.C.を取得していない。そして、これ等のチーズを生んだ三つの町はパリのすぐ東側にMeauxを頂点として二等辺三角形状に並んでいるのです。そして、クロミエの町には朝市が立ち、ここではブリ三兄弟が売られていました。
写真②は1990年代に撮った少々古いものなので、当時はまだチーズは麦わらの上に陳列されていました。私たちはブリといえば表面が真っ白なカビに覆われているものを想像するけれど、朝市に陳列されているブリを見ると、現地の人は表面の皮目に茶色の網目模様が少し出てきた過熟気味のものがお好みの様でした。
次はこれまで取り上げてこなかった、イタリアの島のチーズを紹介しましょう。でも、ここでヨーロッパの農産物等に定められている「原産地名称保護制度」を論ずると長くなってしまうので詳しくは触れませんが、チーズであれば厳しい審査に合格した商品のラベルには、所定の認証のマークが付けることを許された商品といえば解りやすいでしょうか。でも、この制度が出来たのは1992年だからさほど古くはありませんが、フランスはこの制度を厳格にとらえ、商品の品質は元より、原産地の生産エリアなどを厳しく規定しているのです。その点イタリアは大らかですね。このシリーズの(4)でも紹介したけれど、2千年の歴史があるというイタリアの代表的なペコリーノ・ロマーノは、本来はローマ市があるラッツィオ州で生産されるべきなのに、この州には生産拠点が無くなったので、今では対岸のサルデーニャ島の工場で盛大に生産されています。フランスでは考えられない事態ですね。この事実を知ったのは、先年サルデーニャの羊乳チーズを取材したときの事でした。
数年前この地中海で2番目に大きな島サルデーニャへ渡り、ここで造られている島の銘チーズを探る旅をしたのです。すぐ隣のフランス領のシチリア島は山ばかりなのに、イタリア領のこの島は豊かな平野も広がっているけれど、なぜか過疎化が進行しているというのです。当時の住人は160万人。それに対して羊は290万頭。人影は稀だけれど羊は島の至る所に群れていて、車はスピードを出して走れない。従って、この島の名物といえば羊(Pecora)のミルクから造られるペコリーノと呼ばれる羊乳製のチーズなのです。島の北部の小さな村に、近代的なかなり大きなチーズ工場があり、そこではこの島原産のチーズを数種類作っていて、その中に島名がつくD.O.P.チーズが2種類ありました。ペコリーノ・サルド(Pecorino Sardo)とフィオーレ・サルド(Fiore Sardo)です。けれどこの工場も生産の主体は大型のペコリーノ・ロマーノで、このチーズの多くはアメリカに輸出されているそうです。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
*禁無断転載