乳科学 マルド博士のミルク語り

フレイル

2022年12月20日掲載

皆さん、「フレイル」という言葉をお聞きになったことがありますか?フレイルとは高齢になり体や精神の働きが低下し、社会的な活動やつながりが低くなった状態です。よく似た症状で「サルコペニア」という症状があります。こちらは年を取るにつれて体の筋力が低下し、日常生活に支障がでる症状です。サルコペニアになるとフレイルになる可能性があります。そしてさらに進行すると要介護状態になるため、日本のみならず世界的な問題となっています。
フレイルはフレイル、プリフレイル(フレイルの前段階)、健常という状態間でしばしば移り変わります。図1にそのイメージを示すように、健常な方がプリフレイルを経てフレイルになるだけではなく、プリフレイルの方が健常に戻ったり、フレイルの方がプリフレイルに戻ったりすることもしばしば認められます。
厚労省のホームページ
https://www.mhlw.go.jp/content/000625526.pdfによれば、フレイルを予防するためには①栄養を考慮した食事をきちんと摂取すること、②ウォーキングやストレッチなどの身体活動を行うこと、③趣味、ボランティア、就労などの社会活動へ参加することが重要と述べています。特に、たんぱく質の摂取不足にならないように注意する必要があります。図2は普通の生活をしている高齢者が摂取すべきたんぱく質量を示したものです。一日の殆どを座って生活している方は図2に示したたんぱく質量より少なくても構わないのですが、一日中座っていると身体的活動や社会活動への参加が少ないので、フレイルになるリスクがあります。
では、日本人高齢者の食事実態とフレイルの関係はどうなっているでしょうか。国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)では、愛知県大府市および東浦町在住の高齢者を対象にしたフレイルと食事の関係について調べ、その結果を論文に発表しています
(J Frailty Aging. 2022;11: 26-32. doi: 10.14283/jfa.2021.42.)。この研究で469名のプリフレイル状態にある60歳以上の高齢者を選び、2年間の追跡期間における食事内容を調査しました。フレイルの判定基準には何種類かあるようですが、この論文で採用したものを表1にまとめました。歩行速度、筋力、疲労、身体活動の低下、収縮の5項目のうち3項目以上に合致すればフレイル、1~2項目に合致ではプリフレイル、何も合致しなければ健常としました。
その結果、プリフレイルからフレイルに進行した方が467名中37名、健常に戻った方130名、残り307名はプリフレイルのままでした。プリフレイルから健常に戻った方は若い方が多く、平均年齢は68.2±6.2歳でした。逆に、プリフレイルからフレイルになった方の平均年齢は74.9±6.8歳でした。
摂取栄養素とフレイルの状態変化の関係では、飽和脂肪酸、カリウム、VB1の3種類が有意に関連していました。飽和脂肪酸については摂取が多い方がプリフレイルから健常に戻る傾向があり、カリウムについても同様です。VB1も健常に戻った方ほど摂取が多くなっています。カルシウムとマグネシウムも統計的な有意にはなりませんが、これらの摂取量が多い方ほど健常に戻る傾向が認められました。
摂取した食品が及ぼす影響については、乳・乳製品の摂取が多いと健常に戻りやすいという結果でした。他の食品(穀類、イモ、豆、ナッツ・種子、緑黄色野菜、他の野菜、果物、きのこ、海草、魚介類、肉、卵)については有意差を認められませんでした。但し、乳・乳製品についてさらに調べると、牛乳およびヨーグルトについては有意でしたが、チーズと低脂肪乳については有意にはなりませんでした。これはこれらの摂取量が少なかったためと考えられます(低脂肪乳:21.1g/日、チーズ:2.5g/日)。従前より乳・乳製品の摂取は死亡率や心血管疾患のリスクを低下させることが知られていますが、フレイルの改善にも有効であることも見いだされました。
乳・乳製品には飽和脂肪酸、カリウム、VB1が豊富に含まれ、これらが乳・乳製品のフレイル改善に寄与している可能性があります。海外には飽和脂肪酸の摂取が高いとフレイルのリスクが高くなるとの報告がありますが、日本人が摂取している飽和脂肪酸の量は海外ほどではありません(注、飽和脂肪酸が心疾患のリスクを上げるとの報告は多いのですが、不思議なことに乳・乳製品の飽和脂肪酸は悪影響を与えないことが知られています)。また、日本人はナトリウム摂取が高いのですが、カリウムの摂取も高く、それ故にフレイルが改善する方が多いと考えられます。飽和脂肪酸、カリウム、VB1の含量が多い野菜、果物、肉、魚介類の摂取が多いこともフレイルの改善に役立っていると思われ、乳・乳製品だけの効果ではないとも考えられます。
一般的にたんぱく質摂取が不足するとフレイルになりやすいと言われますが、今回の調査では各群にたんぱく質摂取の差はありませんでした。
手前みそになりますが、還暦を過ぎたら自分の足で近所のスーパーに行き、牛乳・チーズ・ヨーグルトを購入し日常的に乳製品を含むバランスのとれた食事を心がけ、C.P.A.などが主催するイベントやセミナーに参加すればフレイルになるリスクを軽減できるのではないでしょうか。

 


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