乳科学 マルド博士のミルク語り

リスク管理

2022年11月20日掲載

最近、地震、台風、パンデミック疾病など、災害、しかも大規模な災害が増えてきたと感じませんか?「禍は忘れた頃にやってくる」と言いますが、日頃から災害になってしまったらどう対処するかを考えておく必要があります。災害に対する被害を最少にする方策を検討しておくことは重要ですが、同時に被害に遭った後、いかに素早く業務を正常化するかを検討しておくことも必要です。今回はどのように復旧させるかについて紹介します。

被害として一般的に考えられるものは、人的被害(従業員およびその家族、お客様、資材や輸送を担う関係者など)、家屋被害、停電、浸水や土砂侵入、ガスや水の供給停止、交通障害、そして酪農乳業関連では牛の喪失、乳量不足、乳質低下、製造所や店舗の不衛生、商品や中間品の廃棄など様々な被害が想定されます。

被害の多くは業者に修理を依頼しなければならない場合が多いのですが、自分たちでやらねばならないことも多々あります。あらかじめ災害を想定し、できる範囲で減災対策、例えば自家発電、転倒防止、落下防止対策などを実施していれば被害の程度を軽減でき、復旧も早く、損失を減らすことができます。

家屋が損傷を受けた場合、業者に修理を依頼します。修理が終わればそれで業務再開とはなりません。徹底的な清掃と消毒作業が必須です。また、設備点検も必須です。パイプの連結部にゆるみとか歪みがあれば液モレが起きる他、細菌が繁殖します。
私の経験談ですが、ある商品の中間原料を製造していた時、通常一般細菌数は200~300個/gですが、時々1000~3000個/gとなることがありました。出荷基準となっている細菌数は十分にクリアしていましたが、何故時々細菌数が増えるのか不思議でした。カレンダーと見比べたら、細菌数が多いのは月曜日に製造されたものに限定されていました。そこで、とりあえず月曜日の製造を中止し、徹底的にパイプ結合部分を中心に調べたところ、結合部のパッキングが劣化しており、目には見えない隙間が存在していることが分かりました。そこでパッキングを交換し問題は解決しました。金曜日の製造終了後洗浄殺菌を行うのですが、劣化したパッキングで生じた隙間に乳が残り、土日の2日間で菌が増えたと考えられます。日常的な菌数を把握・記録し、その数値から外れた菌数に疑問を抱いたことが大事に至らずに済んだ結果と思っています。
このように、日常の検査結果を記録しておくことが極めて重要です。

私たちにとって関心が高いものは牛や山羊など搾乳動物への影響です。乳量の減少や、乳質が低下するなどの影響があります。台風などで「ほくれん丸」が運休すると北海道の牛乳が本州に届かなくなります。これにより都府県では牛乳が不足し、逆に北海道では牛乳が余るため、余乳処理としてバターと脱脂粉乳に加工します。しかし、これらに加工する乳業メーカーの処理能力を超えてしまうと、余乳廃棄という最も避けなければならない事態に直面してしまいます。

また、復興後業務を再開する場合、受け入れた牛乳についてしばらくの期間、普段より気を付けて乳質検査をします。細菌数、アルコール検査、比重測定、風味検査などに加えて、一般成分の変化にも注意します。特に脂肪含量は飼料の変化に呼応して変化します。また、細菌数が増えると酸生成が増えたり、細菌由来のたんぱく質分解酵素の影響でカゼインミセルの安定性が低下し、アルコール検査でカゼインが沈降することあります。

長時間停電した場合、冷蔵庫、冷凍庫、熟成庫、貯乳タンクなどの温度が上昇します。場合によっては商品を廃棄することもあります。しかし、廃棄するかしないかの判断は日頃から製造所や店舗にて廃棄条件を組織決定して、それを文書化し従業員全員で共有していなければなりません。風味、温度、細菌数、テクスチャー、酸度など適正範囲を決めておくのです。その範囲を外れると廃棄となりますが、廃棄するには産廃業者に依頼しなければなりません。廃棄費用がかかるだけでなく、食品ロスにつながります。なので、風味やテクスチャーがやや低下しても出荷基準に適合していれば、消費期限あるいは賞味期限内で細菌数など健康被害の心配がない場合、”訳アリ商品”として激安販売することもあり得ます。

停電や浸水によりスターターが使えなくなることがあります。普通のスターターであればスターターメーカーから同じ株を入手し、活性を確認すればチーズやヨーグルトを作ることができます。しかし、自分たちが独自に開発したスターター、例えば地産のスターターについては一旦だめになると同じ商品を作れなくなってしまいます。このため、そのようなスターターは一部を別の地域の冷凍庫、あるいは液体窒素を入れた容器中に保管しておくことをお勧めします。

このようにチーズ製造所や販売店の方は日頃から正常品と不具合品の定義を決め、文章化していることが大切で、いざという場合に損失を減らすことにつながります。


「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。

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