ダンチェッカーの草食叢書

第16回 加茂儀一の文化史探求

2022年12月10日掲載

 

家畜の起源や歴史に興味をもって調べていくなら、きっとどこかでこの持ち重りのする本に出会うはず。『家畜文化史』(加茂儀一著 改造社1937、法政大学出版局1973)です。

『家畜文化史』

全1,156ページの大作で国語辞典と見まがう分厚さ、重厚な布装丁でケース入りです。23章で家畜動物(哺乳類15種、鳥類8種)それぞれについて家畜化の起源、形質、伝播、品種などが解説されます。特にウマやウシは騎乗や農耕利用などの技術、宗教儀礼、乳肉利用など話題が多く、この2章で全体の4割を占めています。
それ以外でも、例えばトナカイやスイギュウの家畜化についての考察など、現在では否定されている内容もありますが、興味深く読むことができます。マイナーな家禽類についてもていねいに調べられており貴重です。

著者である加茂儀一(1899-1977)先生は、文化史・技術史・科学史の研究者です。レオナルド・ダ・ヴィンチやルネサンスに興味をもって調べていくうちに、家畜文化史に行きついたそうです。当時はその分野を研究した本はあまりなかったことから、スイスの動物学者コンラット・ケルレルの『家畜系統史』を翻訳し、「日本畜産学会報」に連載(1931年から34年まで)されました。のちに岩波文庫として出版(1935)されており、読むことができます。これが『家畜文化史』の基礎になったことがよくわかります。

『家畜系統史』
『榎本武揚』

もともとルネサンス研究から興味の範囲を広げていったことを思えば納得のいくことですが、加茂儀一先生による人類の文化や技術の進歩に関する著書や翻訳書は多岐にわたります。
その中でも異色なのが、『榎本武揚』(中央公論社1960、中公文庫1988)ではないでしょうか。小説ではなく人物研究・ノンフィクション評伝ですが、読みだすとすぐに引き込まれてしまいます。幕末から明治時代にかけて活躍した軍人で政治家ですが、それだけでなく広範な知識を持つ科学者で技術者であった榎本に、強い共感をもって調査執筆されたことが伝わってきます。
 

『日本畜産史』
『騎行・車行の歴史』

また、『家畜文化史』ではあまり紙数をとらなかった日本の家畜についてまとめた『日本畜産史 食肉・乳酪篇』(法政大学出版局 1976)も、明治期以降の食肉や牛乳に関する研究で引用される重要な図書です。
さらに、『家畜文化史』のウマの章を独立させて加筆編集し、発表は死後となった『騎行・車行の歴史』(法政大学出版局 1980)も忘れられません。

改めて、『家畜文化史』の分厚さはそのまま加茂儀一先生の博覧強記ぶりを表していたのだと実感します。