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スイスを代表するチーズといえば、まずはエメンターラーでしょう。100kg以上もある世界一大きなチーズでその内部に巨大な孔がいくつもある。姿形もビッグだが、その味わいもユニークだ。漫画家がチーズを描くときは必ず、このチーズの孔を使う。しかしスイスで最も重要なチーズといえば、やっぱりグリュイエールでしょうね。味わいは穏やかで万人向き、料理にも広くつかえる。フランスの Comté なんかもこの仲間である。
スイスのチーズといえば日本ではハード系の大型のイメージが強いが、もちろんチーズ先進国スイスにも小型で柔らかいチーズもたくさんある。写真②はスイス北西部のフランスとの国境に近い田舎のチーズ販売店で撮ったものだが、どれも見た事もない物ばかりである。だが写真をよく見てください。右手に見える銀紙に包まれた円柱形のチーズは見覚えがあるだろう。そう、テット・ド・モワンヌ(Tête de Moine=坊さんの頭)という名の、かつては修道院で造られていたチーズだ。このチーズ自体はさほど跳びぬけた個性があるわけではないが、1980年代に、このチーズをバラの花のように削り取って盛り付け、食卓を華やかにするジロールという器具の発明により、この山奥の修道院で生まれ育ったチーズは、世界のパーティ市場に出ていくのである。
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さて少し道草を食ったが本命のスイスを代表するチーズの産地に向けて進もう。といっても、今回の旅で最後に訪ねるこのチーズは、日本では差ほど知られていない超ハード系のスプリンツ(Sbrinz)だが、このスペルを見て、(b)の字は濁音の(ブ)ではないの?と、これまで何千回も繰り返された疑問に答えるには時間がかかり、答えはちっとも面白くないのでここでは省く。
このチーズを最初にお目にかかったのは1990年で、日本でこれから流行りそうなラクレットチーズを取材しに、スイスの南部のヴァレ地方の工房を訪れた時、例によって見学者用にスイス・チーズの盛り合わせがでた。その時、何を思ったのか案内役の会社の偉いさんが、いきなり硬いチーズをカンナで削り始めた。これが、スプリンツを食した最初の体験だった。だが味についてもさほどの感激はなく、すぐ記憶から消え去った。その時に取材したラクレットはやがて日本に定着するのである。
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あれから何年経っただろうか。次のスイス・チーズ探訪の旅には2千年の歴史があるというSbrinzを入れなくちゃなるまいと思うようになった。資料によれば、例によってローマ時代の博物学者、プリニウスがこのチーズについて言及していると書かれている。筆者がこのチーズに出会ってから20数年たっていたが、出会った当時はそれほど重要なチーズとは知らなかった。今度の旅でフランスとの国境近くにある、先の「坊さんの頭」の修道院を見てから、スイスの中央部に向かって南下し、スプリンツの生産拠点の町で一泊。早朝ミニバスに乗り近くの高原にある目的のチーズ工房を目指して出発。と同時にすぐに急峻な坂道に取りつき登り始める。しばらくしてバスの喘ぎが止まると、そこは草原と森林が混じり合った起伏のある高原で、放牧された牛の群れが草を食み、所々にチーズ工房らしき建物が見える。子供の頃から心に描いていたスイスらしい風景に見とれていると、やがてスプリンツを造っている工房に到着。
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残念ながら、当日は発酵室の見学だけだったが、まず、このチーズの威厳のある美しさに感動した。大型チーズなのに、隅から隅までピカピカに磨かれ、仕上がり前のチーズは写真のように縦置きにして熟成させていた。熟成室の見学にはさほど時間はかからないので、私は一人小屋から出て、ハイジと出会いそうな牧草地に寝転び、どこまでも澄み切ったスイスの空気を楽しんだのであった。
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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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