西ヨーロッパには古くからチーズはありましたが、ヨーグルトを食べる習慣は意外に新しく、19世紀末になってから広まりました。メチニコフが『不老長寿論』などで「ヨーグルトに長寿の秘密がある」と発表したことがきっかけとなりました。
①『メチニコフの長寿論 楽観主義的人生観の探求』森田由紀訳 中山書店 2021
これは昨年(2021)、中山人間科学振興財団の30周年記念事業として発行されたものです。
新訳であり、初めての日本語完訳です。各ページ下段に注釈があり100年前の本にもかかわらず迷わずに読み進められます。細野明義先生(信州大学名誉教授)による「メチニコフ小伝」が掲載されており、まずここから読んでもいいかもしれません。
イリヤ・イリイッチ・メチニコフ(1845-1916)は、ハルキウ(現在のウクライナ、当時はロシア帝国)生まれ、免疫細胞の研究でノーベル生理医学賞(1908)を受賞した科学者です。パリのパストゥール研究所で活躍しフランスで暮らしたので、フランス名で「エリ・メチニコフ」ともよばれます。
『不老長寿論』(1907)は、原題を『Essais Optimistes』(楽観主義的試論)といいます。ヨーグルトを食べれば歳をとらない、というだけの内容ではありません。
彼の考えは「人は死を恐れるばかりに厭世的になるが、科学的知識をもとに正しい生活をすれば、健康で楽観的な晩年を迎え天寿を全うする」ということでした。ゲーテの『ファウスト』を解説するなどして人生とは何かを思索し、彼の哲学・思想を伝える奥深いものです。
とはいえ、第4章の腸内細菌と長寿に関する研究は欧米文化圏に広く知られることとなり、腸内細菌学や後のプロバイオティクス学のはじまりとなりました。
『Essais Optimistes』は、これまでに何度も翻訳出版されてきました。
②『不老長寿論』中瀬古六郎訳 大日本文明協会1912(大正1)
これは英語からの重訳で、格調高い漢文調だったそうです。
③『長寿の科学的研究』平野威馬雄訳 科学主義工業社1942(昭和17)
これがその後、財団法人日本ビフィズス菌センターの発案・責任編集により、装丁新たに復刊されました(④)。
④『長寿の研究 楽観論者のエッセイ』平野威馬雄訳 幸書房 2006
訳者の平野威馬雄さんは文学者で、平野レミさん(歌手・料理愛好家)のご父君です。④はレミさんの意向により夫・和田誠さんが装丁を手掛けていて、訳者の肖像も描かれています。
③④は、初刊当時の社会情勢により一部カットされている箇所があります。
⑤『老化・長寿・自然死の楽観的エッセイ』足立達訳 今野印刷 2009
足立達先生(東北大学名誉教授)も英語版からの重訳をされています。自費出版だったそうで現在は入手困難です。ぼくも未読なのですが、いつか読んでみたいと思っています。
他に、メチニコフの晩年の著作に1915年の『近代医学の建設者』(宮村定男訳 岩波文庫1968)があります。
近代医学・微生物学の黎明期を担った先輩たち(ルイ・パストゥール、ジョセフ・リスター、ロベルト・コッホ)の業績や思い出を語ったものです。
近年、世界中に疫病・戦争・災害の影響が強くなってしまいました。今こそ、メチニコフに学ぶべきことがあるのではないでしょうか。人生に絶望せず(厭世的にならず)に、死ぬまで楽天的に生きていこうではありませんか。