世界のチーズぶらり旅

コロンブスゆかりの島のチーズを訪ねて

2022年5月1日掲載

カナリアという小鳥は可愛らしく、声もきれいなので筆者の子供の頃はこの小鳥を飼うのが流行った。そして「歌を忘れたカナリアは..」で始まる少々哀愁のある童謡もみんなが謡っていたのである。このカナリアという小鳥の祖先である野生種が、はるか遠いカナリア諸島などに分布していたというから、筆者はカナリア諸島の名は、この小鳥の名に由来するものと訳もなく思い込んでいた。だが時とともにカナリアを飼う人も少なくなり、カナリアの唄も聞くこともなくなると、いつの間にか美しいイメージのカナリア諸島を訪れてみたいという漠然とした望みも消え失せていたのである。

①:州都があるグラン・カナリア島には大きな犬の像が。

それが、21世紀を迎えてまもなく、カナリア諸島のチーズ探訪という企画を立ち上げた人がいた。そうか、その手があったか。この群島は一応、ヨーロッパ圏内のスペイン領だからチーズ文化はあるわけだ。筆者はその企画に対して即座に手を挙げた。そして、少ない資料を集めてこれらの島を調べ始めた。すると、冒頭に、この島々はスペイン語ではIslas Canariasと書き、その意味は「犬の島」とあった。なんだと!カナリアって小鳥ではなく犬か!というような笑い話があって、生涯出かけることはあるまいと思っていたこの諸島に向けて旅立つ事になったのである。それにしてもこの島は遠い。飛行機は2回乗り換なければならない。

②:リゾート地の巨大なチーズ売場

カナリア諸島はスペイン領だが、スペイン本国からは1500kmほど離れたアフリカ大陸のモロッコの海岸近くにあり、様々な形と大きさの7ツの島からなっているが、すべてが火山島である。(昨年北西の端にあるLa Palma島が噴火した)。日本でいえば伊豆諸島に似ていなくもないが、緯度でいえば奄美大島と同じ位置にある。この辺りは常に貿易風と呼ばれる北東からの風が吹いているため、熱さはさほどでもないらしいが、乾燥していて島の北東側は貧弱ながら緑はあるけれど、風下の南西側はどの島も砂漠状態なのである。しかし、四季の変化が少ないこの島々にはヨーロッパの国々のセレブ達が避暑地や避寒地としてこれらの島を利用する様で、小ぶりな別荘が半砂漠様態の土地に団地のように並んでいたりする。

③:毛足の長いゴメラ島の山羊

そうした住宅や巨大なホテルがある地域には大きなスーパー・マーケットがあり、そこのチーズ売場を覗くとヨーロッパ各国のチーズが大量に並んでいたりする。そして、そのわきにはこの島々のチーズを並べたショーケースがあり、かなりの数のチーズが陳列されていたが、島のチーズはすべてが山羊乳のチーズである。

④:ゴメラ島の山羊のチーズ

今回の我々の旅では4つの島のチーズ探訪を予定していた。これらの島々の首都があるグラン・カナリア島に始まり、大きな2つの島の山羊の放牧とチーズ造りを見てきたが、最後に予定されていたのが2番目に小さいゴメラ(Gomera)島だった。ゴメラ島には旅客機用の空港がないので、隣の島から船に乗る。とはいってもその島までは40km足らず乗船するとすぐにその荒涼とした島影が見える。小一時間もすると、ゴメラ島の小さな港に到着。ああここが1492年にコロンブスがアメリカに向けて出帆した港か・・とゆったりと思いにふける暇はなかった。すぐにミニバスに載せられて、この島で最後になるチーズ探訪である。

⑤:コロンブスの島からの船出

ゴメラ島は円形の小さな火山島だが平地は少なく、ミニバスは岩石が積み重なった曲がりくねった道をあえぎながら登っていく。人家はほとんど見えない。そんな山中のやや開けた台地の上で、毛足の長い美しい山羊の乳から不思議なチーズを作っている人がいた。高台にあったその工房からは他の人家は全く見えない。その工房の見学が終るとすぐに下山。日帰りだから連絡船の出航の時間に合わせ、そそくさと昼食を終えるとすぐに乗船である。筆者は乗船と同時に船尾の甲板に出て、ゆっくりと遠ざかっていくサン・セバスチャン・デ・ラ・ゴメラ港を眺めながら、今コロンブスと同じ航路を進んでいるんだなと思うと、なぜか胸のたかまりを感じたのだった。


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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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