ダンチェッカーの草食叢書

第11回 坂本直行さんの原野開拓

2022年2月10日掲載

坂本直行さん(1906-1982)という画家をごぞんじでしょうか。
帯広の製菓メーカー、六花亭の包装紙にデザインされている草花のイラストが有名です。主に北海道の山岳と草木を描いた画家で登山家ですが、十勝の原野を開拓した農民でもあります。画文集など著作も多く、ファンからは直行(ちょっこう)さんと呼ばれ愛されています。

『開墾の記』復刻版 1992

代表作は『開墾の記』(長崎書店1942)ということになるでしょう。
広尾の原野に入植し、夫婦で開拓生活をしていた日々が語られています。想像を絶する開墾の重労働、搾った牛乳は集乳所へ届けなくてはならない。雪の吹き込む家、冷害で続く不作、突然死んだりするウシやウマ。厳しい寒さと貧しさになんとも身につまされます。それでも原野の美しさが苦労を上回る喜びだということに胸打たれます。
この『開墾の記』は何度も復刊されています(柏葉書院1947、日本週報社1956、茗溪堂1975、北海道新聞社1992)が、最後の復刻版が絶版になって久しいのは残念です。しかし、特に北海道では人気があるので札幌の古書店では見かけることが多く、ネット通販でもわりと入手しやすいと思います。
 

ヤマケイ文庫(山と渓谷社)
2021

直行さんの初の著作は『山・原野・牧場 ある牧場の生活』でした(竹村書房1937、朋文堂1959、茗溪堂1975、ヤマケイ文庫2021 タイトルや内容には変遷あり)。北大を卒業後、友人の営む牧場で働いていた頃の生活を描いた画文集です。やはり農民の厳しい生活、自然の美しさへの賛美が生き生きと描かれていますが、若さゆえか厳しい生活にも気楽な感じが見えます。
『原野から見た山』(朋文堂1957、茗溪堂1973、ヤマケイ文庫2021)は、特に山の紀行文による画文集です。山に登る喜びにあふれ、登場する人々がユニークに表現されています。
この2冊が昨年(2021)文庫化され、カラー扉絵の絵とともに読むことができるようになったのはとてもうれしいことでした。

この3冊、いずれも表紙は日高連峰を描いた直行さんの作品がカバーになっています。日高の山々を愛し、厳しい開拓生活も登山と変わらない、と原野に暮らした直行さんの著作には最もふさわしい構図といえるでしょう。
 

『はるかなるヒマラヤ』2011

直行さんは原野の農業を30年以上続けたのち、画業に専念することになります。北海道や内地だけでなく、ネパールやカナダの山々へもスケッチ旅行に出かけました。
没後に出版された『はるかなるヒマラヤ 自伝と紀行』(北海道出版企画センター 2011)には、副題の通り、少年時代から原野を出るまでの半生と、ヒマラヤ山脈に臨む感動を記した紀行文などが収められています。表紙はヒマラヤの急峻、アマ・ダブラムのスケッチです。

山と絵を愛した直行さんの人生を追体験することは、街でぬるく生きてきたぼくにはつらくもあるのですが、それでも強く心動かされます。