ダンチェッカーの草食叢書

第10回 雪印乳業・健康生活研究所の功績

2021年12月10日掲載

雪印乳業(株)の健康生活研究所が発行していた「コンテンポラリー・ヘルスダイジェスト」誌(1985~2002)から世に出た、4つの成書を紹介します。

世界的に見れば欧米の乳文化はごく一部であり、多様な乳利用がある。あたりまえのようですが、それを一般の我々に最初に示してくれたのはこの本だったと思うのです。

『乳利用の民族誌』

『乳利用の民族誌』雪印乳業健康生活研究所編 石毛直道・和仁皓明編著 中央法規出版 1992

欧米以外のユーラシア大陸各地域の乳食文化について、そのフィールドの研究者による解説が繰り出されます。アラブのラクダ、アフリカの巨大なツノを持つウシ、インドのスイギュウ、シベリアのトナカイなどの乳利用に驚き、興奮して読み進めたものでした。
編者(石毛直道・和仁皓明)は「はしがき」で、日本に乳食文化がいかなる形で定着するかを考察するためには非欧米の牧畜社会の乳文化を概観するべき、と意義を述べられています。それから30年が過ぎ日本の食文化は大きく変化しましたが、当書の意義は今も変わらないといえるでしょう。
巻末の鼎談「乳食文化の系譜」は、編者と中尾佐助、谷泰が温泉で二日間かけて行った「シンポジウム(饗宴)」をまとめたもので、声が聞こえてくるような濃い討論の記録です。

『乳酸発酵の文化譜』

『乳酸発酵の文化譜』雪印乳業健康生活研究所編 小﨑道雄編著 中央法規出版 1996

次に手がけられたのが、乳酸発酵の文化でした。
発酵食品研究の小﨑道雄教授(昭和女子大、元・東京農業大)を編著者に迎え、乳製品に限らず、乳酸菌による乳酸発酵について広範に取り上げています。味噌・醤油や酒、漬物、お茶、東南アジアの多彩な発酵食品まで文化的な考察が行われており、発酵好きにはうれしい一冊となっています。
巻末には座談会が2つ。「人間と乳酸菌」(小﨑・光岡知足・森地敏樹)、「乳酸発酵食品」(小﨑・上田誠之助・細野明義・藤井建夫)と、その道の大家が集まっており、話し出したら止まらない、という雰囲気が伝わります。
 

『離乳の食文化』

『離乳の食文化 アジア10か国からの調査報告』和仁皓明著 雪印乳業健康生活研究所編 中央法規出版 1999

離乳は食に関する文化のなかでも目立たず、伝統的な手法はややもすると忘れられ失われてゆく事柄です。乳食と直接は関係しないことなので、乳酸発酵の次にこれが取り上げられたことに当時は驚きました。
しかし、出産・授乳・離乳などの手法や儀礼について記録し比較研究することはとても意義のあることと感じます。
巻末対談は「離乳 ―その現状と課題」(和仁皓明・今村榮一)、和仁先生と小児科の先生が離乳の栄養や思想などの変化について語られています。

『乳酸発酵の新しい系譜』

『乳酸発酵の新しい系譜』小﨑道雄・佐藤英一編著 雪印乳業健康生活研究所編 中央法規出版 2004

そして、再び乳酸発酵が取り上げられました。
さまざまな領域で利用される乳酸発酵について、先の『文化譜』を補完しつつ新たな研究を紹介するものとなっています。工業的な乳酸のつくりかた、サイレージ(発酵飼料)、反芻動物の第一胃内の乳酸発酵、ソーセージやパンの乳酸菌、生分解性プラスチックとしてのポリ乳酸、そしてプロバイオティクス(腸に有用な微生物)など、話題は多方面にわたります。
これまでの3冊と違ってこの本だけ左開き(横組み)で、文化面よりも科学的なテーマで編集したというたたずまいに変わっています。
座談会は「乳酸菌,乳酸発酵の新しい機能」について展望されています(小﨑道雄・石崎文彬・森地敏樹・細野明義)。

雪印乳業健康生活研究所は2002年に活動を休止し、「コンテンポラリー・ヘルスダイジェスト」誌も休刊となりました。
残されたこの4冊、広範な学術領域をまたいで食や乳を考察した、他にはできないすばらしい取り組みの成果だったと思います。