ダンチェッカーの草食叢書

第9回 知の巨人、今西錦司と梅棹忠夫の遊牧論

2021年10月9日掲載

人類が草食動物を家畜化し乳利用を始めてから、およそ1万年といわれています。その始まりはいつ、どのようにして行われたのか、文化人類学や考古学において研究・議論されてきました。これは現在の多様なチーズへとつながっていくテーマでもあり、チーズ好きには興味を引くおもしろい分野だと思います。
それに関する書籍といえば、『人とミルクの1万年』(平田昌弘著)などが読みやすく入門書として最適ですし、谷泰、松原正毅といった研究者の成書もおすすめです。そして、さらにそこからさかのぼっていくと、この昭和時代の「知の巨人」たちがそびえたっています。
 

『遊牧論そのほか』

今西錦司(1902-1992)は京都大学などで活躍した生態学などの研究者で登山家でもあります。日本の霊長類研究の創始者ともいわれました。著作は進化論や社会学まで広範に及んでとても多く、それはぼくの任ではないのでここで紹介することはしません。
戦時中の1944年に現在の中国河北省に設立された蒙古善隣協会西北研究所の所長として赴任しました。モンゴルの調査でヒツジなど家畜の群れと野生の有蹄類を観察した経験から、帰国後に『遊牧論そのほか』(秋田屋)を1948年に発表しています。のちに平凡社ライブラリーで復刊されました(1995年)。今西はここで、狩猟民が有蹄類の群れを追い同行するようにして家畜化が開始されたという「群れごとの家畜化」理論を展開しています。これが日本で初めて論じられた家畜起源論といわれています。
併載されている「砂丘越え」も、大陸での調査行や終戦時の様子に胸を打たれる随筆です。

『狩猟と遊牧の世界』
と『文明の生態史観』

梅棹忠夫(1920-2010)は、文明論や情報論で知られ、多くの著作があり(それもここでは紹介しません)多方面に大きな影響を与えた研究者です。1974年に国立民族博物館を設立し初代館長を務めました。
京都大学では今西錦司の門下にあり、上記の西北研究所で今西とともにモンゴル研究を行いました。今西の「遊牧論」は、梅棹の説を先取りして発表してしまったものといわれています。
梅棹はその後、1965年になって雑誌『思想』に講義録「狩猟と遊牧の世界」を発表しました。これが1976年に講談社学術文庫『狩猟と遊牧の世界 自然社会の進化』として刊行され、読むことができます。「群れごとの家畜化」だけでなく、去勢や催乳の技術、牧畜社会の変化についても述べられています。
これを読んでから乾燥地帯の遊牧について考えたあとに、ロングセラーとなった『文明の生態史観』(中公文庫など)を読むと、その比較文明論がわかりやすくなるかもしれません。
 

『ウメサオタダオが語る、
梅棹忠夫』

梅棹没後の『ウメサオタダオが語る、梅棹忠夫 アーカイブスの山を登る』(小長谷有紀著 ミネルヴァ書房 2017)には、遊牧論に関する今西と梅棹の確執について記されていて、とてもおもしろいです。

学術界に大きな影響を与えた魅力的な「知の巨人」たちに、牧畜を通じて触れてみてはいかがでしょうか。

※今回は歴史的な偉人を紹介していますので、敬称は省略しました。