乳科学 マルド博士のミルク語り

メイラード反応と乳糖不耐症

2021年10月20日掲載

メイラード反応と乳糖不耐症

ブラウンチーズ

ブルノスト、ブラウンチーズ、蘇などはチーズの仲間ですが、乳等省令では「チーズ」とは呼べません。これらに共通している特徴は、ホエイが多く、長時間加熱濃縮し褐変していることです。すなわち、ホエイ中に豊富に含まれている乳糖がたんぱく質と反応し、様々な高分子物質を生成します。このような反応をメイラード反応といい、チーズに限らず多種多様な食品の香り、色、味、テクスチャーなどに影響しています。過度に反応が進めば “焦げ” となりますし、程よい反応であれば香ばしく食欲をそそる香りや色をもたらします。ホエイを排除するチーズと異なり、これら “チーズの仲間” は大量に乳糖を含んでいるので、これらを食べた人の中には乳糖不耐による不快な症状(下痢、膨満感など)を示す方が多いのではないかと考える方がいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、私はそんな話を聞いたことがありません。皆様はどうでしょうか?
昔、貴族社会で宴会メニューの一つであった「蘇」についてもソうです(ダジャってんじゃネエ!)。牛乳を加熱濃縮した “チーズの仲間” なので牛乳と同じように乳糖が含まれています。乳糖不耐症であった貴族らが宴会の最中で次々に「失礼、ちょっと厠に・・」となれば宴会は白けてしまいますよね。
乳糖不耐症というのは2016年6月20日のコラム「乳糖不耐症の謎」でご説明したように、乳糖をグルコースとガラクトースに分解して小腸から吸収できない場合乳糖が直接大腸に至ります(注、殆どの成人が該当しますが、日常的に乳製品を摂取している方は腸内に棲息している乳酸菌が乳糖を分解します)。すると、大腸の浸透圧が高くなり、それを下げようとして大腸内に水が浸入して下痢となったり、大腸内の細菌が乳糖を分解する際にガスを発生し、膨満感を感じたりします。

浸透圧というのは 図 に示すように、腸管のような半透膜を介して分子の濃度が低い方から高い方に水が浸入し圧力を下げようとする作用です。といっても、ピンと来ない方もいらっしゃるでしょう。6帖の部屋に体重50kgの人が6人もいれば息苦しさを感じます。この息苦しさが浸透圧と考えてください。しかし、体重が150kgの方が2人ならさほど息苦しさを感じません。つまり、分子量が大きく、分子の数が減ると浸透圧は減ります。

浸透圧は分子のモル濃度に比例します。モル濃度?昔化学で習ったけど耳にするだけでイヤ!という方もいらっしゃるでしょう。でも、モル濃度は要するに1Lに含まれる分子数のことです。例えば、乳糖の分子量は約340ですから、10gの乳糖を食べたら腸内1L中の乳糖のモル濃度は10/340(モル/L)です。メイラード反応で生成する様々な高分子の正確な分子量は分かりませんが、恐らく数千以上になっているでしょう。したがって、10gの乳糖から生成するメイラード反応物のモル濃度は10/数千(モル/L)であり、大腸内の浸透圧は乳糖の場合よりはるかに低いわけです。また、これら高分子は大腸内の細菌が消化できずガスの発生も少なく、難消化性食物繊維のような働きをします。なので、排便の促進や便通改善が期待されます。

リコッタ

ちなみに、ホエイを加熱して製造するのにリコッタは白く、ブルノストやブラウンチーズは茶色なのは何故でしょうか。どちらも主成分は乳糖とホエイたんぱく質です。不思議に思ったことありませんか?秘密はpHにあります。メイラード反応は酸性だと起こりにくいのです(IDF Bulletin no238: 53-61, 1989)。なので、十分pHを下げたホエイを加熱しても茶色くなりにくいのに対して、pHをあまり下げないホエイを加熱するとメイラード反応が進行し、茶色となるのです。


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