世界のチーズぶらり旅

アオスタ渓谷のチーズ工房へ

2021年8月1日掲載

①:この先にモン・ブランがあるアオスタ渓谷

イタリアで最も小さな州はフランスとスイスに国境を接するヴァッレ・ダオスタ自治州である。面積を言えば埼玉県ほどだが、ほぼ長方形の州の西と北側に面する国境線には、アルプス山脈の最高峰モン・ブランを始め4000mを超える山々が連なり、州全体が3000m超の山々に覆われている。そのほぼ中央を流れる河川によって深い谷が刻まれ、この谷が2千年も前からイタリア半島から西ヨーロッパに通ずる重要なルートのひとつであったのだが、20世紀の後半にモン・ブラントンネルが開通するまではスイス側にある、グラン・サン・ベルナール峠(標高2469m)という難所を越えなければならず、そこには様々なドラマが残されている。特に冬には多くの旅人がこの峠越えで遭難死した。日本でも知られているセント・バナード種という大きな犬がこの峠で救助犬として活躍し2千人以上の遭難者を救助したといわれている。ナポレオンもイタリア遠征の時に馬に乗ってこの峠を越え、その雄姿をお抱えの画家ダヴィッドに描かせている。だが実際はラバで峠を超えたという説もあり、そんなしょぼくれた姿の絵も残っている。

②:フォンティーナの製造室

6月中旬の早朝、北イタリアの自動車の街トリノを出て高速度道路を通りアオスタの渓谷に入る。しばらく走ると車は脇道の急坂を登り始め、やがて開けた高原の谷間にあるBurssonという美しい村に着く。その村の入り口に目指すチーズ工房があった。ここではフォンティーナ(Fontina)という中型のチーズを作っているのである。このチーズは記録に現れる事は少ないが、ある文献によれば1477年発行の「農産品総論」に記述があるというから、この辺りでは比較的古いチーズのようである。訪問した工房は氷河をまとった周囲の高山を背景に山小屋風に建てられていて、外観はやや古風ながら内部は近代的で清潔であった。斜面を利用して建てられた製造室からは氷河をまとった3千m級の山々が見える。到着した時はチーズの型入れの作業に入る前の工程で、巨大なカードの塊を釣り上げているところだった。その後、熟成庫に案内され待望のフォンティーナとのご対面である。

③:熟成中のフォンティーナ

熟成室の棚には直径40cmほどの褐色の表皮に、チーズ名が刻印されたフォンティーナがずらりと並んでいたが、他のチーズは2種類ほどしか見当たらない。大方のヨーロッパの工房であれば、本命の「原産地名称保護」指定のチーズを一定量作り、あとは地元消費用のチーズを何種類も作っているのが普通だが、この熟成庫のチーズは大部分がフォンティーナであった。

④:売店の多彩なチーズたち

ところが、最後の試食タイムで工房の売店に案内されてびっくり。数台あるショーケースには写真のように、数十種類の見た事もないとりどりのチーズが並んでいたが、ほとんどがセミハード系の山のチーズの様であった。チーズ工房の見学を終えると山を下り渓谷の道を更にさかのぼり古都アオスタへ向かう。ここは前出のサン・ベルナール峠を越えるための拠点になった町である。

⑤:2千年の歴史がある古都アオスタの下町

今夜の宿泊地であるこのAostaの町はローマ時代にアルプス越えの交通の安全を確保するために建設されたというから、もう2000年以上の歴史があるのだが、深い谷間の奥にあるため大規模な戦乱にも会わなかったのか、ローマ時代の遺跡が保存のいい状態で残されている。今回、この町に宿泊するにあたり筆者ははかない希望を抱いていた。フランスにもスイスにも山岳地帯のチーズ料理といえばチーズ・フォンデューがあるが、北イタリアのこの地にも名が知れたフォンデューがある。それは、フォンデュー・ピエモンテ―ゼといい、チーズは当然フォンティーナを使う。ちょっとハードルが高いのは、ピエモンテ産の白トリュフが入ることだ。夕食の時間になって、同行の人達にこの話をして希望者を募ったが、真夏にフォンデューでもなかろうと一笑に付されてしまった。しかも、トリュフ入りなら高かろうと誰も取り合わない。予想通りだったので納得し、数人で出かけた地元料理の店でクレープのグラタンとシンプルでピンク色が鮮やかな子牛肉のカルパッチョで地ワインをたっぷり飲んで腹の虫を収めたのであった。


■「世界のチーズぶらり旅」は毎月1日に更新しています

©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
*禁無断転載