今回はウシについての本です。チーズを知るには、母たる家畜のことを知らなくては。
その広く深い世界を、遠藤秀紀先生が垣間見せてくれます。
(この本にはチーズに関する記述はまったくありません)
『ウシの動物学』遠藤秀紀 東京大学出版会 2001、第2版 2019
目次
・第1章 究極の反芻獣 哺乳類のウシ・家畜のウシ
・第2章 生きるためのかたち ウシの解剖学
・第3章 もう1つの生態系 ウシの胃
・第4章 家畜としての今昔 ウシの生涯
・第5章 これからのウシ学 ウシを知りウシを飼う
・補章 過去と未来への客観性
この本は「アニマルサイエンス」(林良博・佐藤英明 編)全5巻の②として出版されました。人類にとって産業動物や伴侶動物とは何か、かれらと人類の未来はどうあるべきか、というテーマのシリーズです。①は「ウマの動物学」(近藤誠司 2001)、以下「イヌ」「ブタ」「ニワトリ」の5巻です。
遠藤秀紀先生は、東京大学総合研究博物館の遺体科学研究室教授で、比較解剖学・形態学・進化生物学などの研究で活躍されています。子供向けの本も出されており、テレビ番組へも多く出演されているのでご存知の方は多いと思います。
パンダの手の骨格と機能についての研究が有名(『パンダの死体はよみがえる』(ちくま新書2005、ちくま文庫2013)など)ですが、その他にも哺乳類や鳥類など動物全般を研究対象とされています。家畜動物については特に、人類との関りを含めて強く関心を持って研究されています。
日頃ウシにお世話になっている身としては、本書の帯に大きく書かれた(第1章タイトルでもある)「究極の反芻獣」には強く魅かれます。地球のほんとうの支配者は反芻獣なのである、大げさにも思えるこの言葉にも、進化と形態から解説され読後には納得します。
そして家畜としてのウシについて、家畜化や品種創生を行ってきた人類の「心のエネルギー」についてくり返し述べられています。不可能と思えるほど困難であったろう家畜化は、強い動機がなくてはなしえない、謎の多い大きなできごとなのですね。
遠藤先生はその著作で度々、研究機関としての大学や博物館のあり方について考えを述べられています。本書でも、第2版での補章などでウシを通して語られます。目先の利益や実績にとらわれず、次世代に標本と知見を残していく。これは、近年ノーベル賞を受賞された本庶佑氏や大隅良典氏ら多くの科学者が基礎研究の重要性を主張されているのと同様のお考えといえるでしょう。
C.P.A.通信の連載コラム『草を食むもの』も、この本に大きく影響を受けていると思います。ネタバラシのようになってしまいますが、チーズを通して反芻獣に興味を持たれた方が本書を手に取ってくださったなら、とてもうれしく思います。
チーズは反芻獣の生理を人類がうまく利用した特別な食品、というのが『草を食むもの』のテーマなのです。
反芻獣の特異的な進化にさらに興味を持たれた方には『哺乳類の進化』(東京大学出版会 2002)をおすすめします。