世界のチーズぶらり旅

ローヌ川からプロヴァンスの木立の中へ

2020年3月1日掲載

ローヌ川からプロヴァンスの木立の中へ

①:アヴィニヨンの町中を流れるローヌ川

昨年の6月、南仏のチーズ探訪のためローヌ川を下って地中海に出る旅をした。フランスの4大河川の一つであるこの川は、スイスの東方の氷河にその源を発しレマン湖に至り、フランスのリヨンでソーヌ川と合流する。そしてそこからはひたすら南下し地中海に至る。この川はギリシャ時代から何千年も文明が行きかう重要な水路であった。ローヌは大河ではあるが、なかなかの急流でもある。「ローヌ河の急流のように私が君から遠ざかるのも君との再会を急ぐためなのだよ」と皇帝ナポレオンは、愛妻ジョゼフィーヌにラヴレターを送っている。ナポレオンはこのローヌ川を下ってイタリア遠征に出かけたのだ。

②:丘の上の小さなチーズ工房

今回の宿泊地はこのローヌ川下流にあるアヴィニヨンである。かつてこの町にローマ教皇庁の一派が移り住んだ時代があった。12世紀にローマ教会に内紛が起り二つに分裂。その時、一方の教皇がこの町に拠点を移し宮殿や教皇庁を造営したのである。今もその遺跡や、それらを物々しく取り囲む城壁が旧市街を取り囲んでいる。写真はそのアヴィニヨンの町中を流れるローヌ川だが、この辺りでも流れはけっこう早そうだ。
 

③:山羊乳チーズを作る。

チーズの旅はひたすら田舎回りだからこんな歴史的な町に宿泊しても街中を見物する時間がない。早起きして写真を撮るのはせいぜいなのである。朝食をとるとすぐに荷物をまとめ、プロヴァンスの山羊乳チーズを求めて出発である。ローヌ川の下流、アヴィニヨンの東側から地中海沿岸まで、そして東はアルプスまでが旧州のプロヴァンス地方だが、マルセイユ、カンヌ、ニースなどの華やかな大都会はすべて海岸にあり、内陸は乾いたやせ地で低い丘が波のように連なっていて、車で曲がりくねった道をたどると時折、木立の向こうから小さな村が現れる。

④:栗の葉で巻いたBanon

1815年、エルバ島を脱出しニース付近に上陸したナポレオンは、密かにこの辺りの山道をたどって兵隊が待つグルノーブルまで行った。後に「ナポレオン街道」といわれる道がこの辺りを通っている筈だ。地図を見ながらその標識を探す。同行の仲間たちの大半はそんな事には興味もなく、退屈な山道では大方は眠っている。と、林の向こうの丘の上に見覚えのある教会が見えた。一度訪れたことがあるBanon(バノン)村である。以前訪れた時は教会を見上げる麓の畑地には真っ赤なひなげしが覆い、ラベンダーが花を咲かせていたが、今は羊の放牧地になっていた。村に通ずる道を上っていくとまもなく、丘の頂上あたりに石造りの小さな建物が見えた。ここが、目的地のA.O.P.認証の山羊乳チーズBanonをつくっている工房である。

⑤:プロヴァンスの山羊達

古そうな石造りの壁にはバラの枝が這い登り深紅の花を咲かせている。この石壁の中に小さなチーズ製造室があり、男性の職人が数種類の山羊乳チーズを作っていた。栗の葉に包まれた小さなチーズ、バノンの歴史は古そうだが、20世紀の中頃には絶滅の危機に瀕したようである。世の中のすべてが近代化されてしまったような昨今、松や栗の疎林に囲まれた古代の遺跡のような建物の中で、この小さなチーズが細々と生き残ってきたと思うと何やらいとおしい。ここでは栗の葉でチーズを包む体験をさせてくれた。悪戦苦闘の末、仲間たちは不格好な自作のチーズを嬉しそうにバッグに収めた。そして最後に山羊達に挨拶してからこの丘を去った。


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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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