フロマGのチーズときどき食文化

チーズの形を変えた塩の力

2020年2月15日掲載

チーズの形を変えた塩の力

①:スイスの円盤型チーズ

今回は少し専門的な話をします。セミハード系と呼ばれる硬くて大型のチーズの形といえば、大部分は円盤型と決まっています。特にフランスのコンテやスイスのエメンタールなど山のチーズといわれるものは、みな円盤型をしています。すべての熟成チーズにとって塩はとても大切ですが、これらセミハード系のチーズは、熟成中に塩を表面に摺りこんで、硬い表皮をつくると共に塩分をチーズの中心まで浸透させていくという方法をとります。

②:車輪のようなフランスのチーズ

この種のチーズが表面積の大きい円盤型をしているのは、その塩が中心まで浸透しやすいというのも理由の一つなのです。エーッ!硬いチーズで円筒形のチーズもあるよ、という人もいるでしょう。よく勉強している人です。そう、フランス中央高地で作られるカンタル(サレールもライオルも同族)はセミハード系のチーズながら、立派な円筒形なのですね。それについては最後に書きます。

大型で円筒型のチーズが多いのはイギリスです。写真はロンドンの大きなチーズ屋さんの売場ですが冷蔵庫などには入れず大きな台の上にチーズを積み上げている。日本では考えられない光景ですが、ヨーロッパではよく見かけます。ここに並んでいるチーズの形をよく見ると、チェダーを筆頭に円筒形の大型チーズが非常に多いのにお気づきでしょうか。しかし、イギリスでも17世紀頃までは、他のヨーロッパ諸国のチーズ同様にセミハード系のチーズは円盤型をしていたといいます。例えば11世紀から作られていたチェシャーは、現在22kgの円筒形ですが17世紀中半までは5kg程度の円盤型だったといいます。

③:ロンドンのチーズ専門店の陳列

イギリスでは17世紀からロンドンへの大規模な人口流入が起こり、富裕層が増えると良質なチーズへの需要が高まります。それに応えるため、商業主義農業と呼ばれる大規模な酪農家が現れチーズの量産を始めます。そして、そのチーズを専門に取引するチーズ商が登場するのです。しかし、当時はイングランド中部のチェシャーから大消費地ロンドンまでチーズを運ぶと14日もかかった。中型で表面積の大きい円盤型のチーズであれば、輸送中に乾燥し重量が目減りします。チーズを重量で取引きするチーズ商はそのリのスクを軽減するため生産者にチーズをより大型で表面積の小さい円筒型にするように求めたのです。でも大きな円筒型にすれば表面に擦り込んだ塩分の浸透に時間がかかり、腐敗のリスクにもさらされます。あれやこれやで、生産者側の試行錯誤の時代が百年以上も続くのですが、やがてカード(乳を凝固させたもの)を熱したホエイに浸して水分の排出を促し、当時開発された強力なプレス器で水分を絞り出すとい方法で一定の成果を収め円筒形のチーズは次第に大きくなっていくのです。

④:英国チーズの代表チェダー

その頃、南部のチェダー地方の職人はカードを加熱して脱水した後細断し、そこに直接塩を混ぜ込むという画期的な方法を開発します。今でいう「チェダリング」という製法ですがこの技術の開発により、更に大型の円筒形のチーズが作られるようになるのです。「これこそイングランドチーズのランドマーク的発展である」とある資料は伝えています。当時はすでに18世紀も終わろうとしている時代でしたが、こうして新しく登場したチェダーはアメリカやオーストラリアなどの新世界に大きく飛躍していくのです。

⑤:フランス最古のチーズのカンタル

さてそこで、冒頭に紹介したフランス産の円筒型チーズのカンタルは、ローマ時代から作られてきたそうですが製法はチェダーによく似ているのです。しかし、この手法の伝来や採用された年代についての資料は全く見つかっていないのです。お疲れ様でした。
(参考文献:「チーズと文明」ポール・キンステッド著:築地書館)

©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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