世界のチーズぶらり旅

高原の優しいブルーチーズ

2020年2月1日掲載

高原の優しいブルーチーズ

1. 爽やかな初夏のヴェルコール台地

フランスの南東部、旧州名でいえばサヴォワ地方とその南のドーフィネ地方には、東に4000m級の峰をいくつも連ねたアルプス山脈がそびえ、その西側には、アルプス造山運動の強大な圧力で石灰岩の地表がカーペットのしわのように盛り上がってできた細長い台地が三つあり、それが北のジュラ山地から南フランスまで続いている。これをジュラ山脈ともいうらしいが、山地の東側は垂直に切り立った崖で、その上部は台地になっていて草地や森林があり牧場もある。サヴォワ地方といえば大型や中型のフランスを代表するセミハード系のチーズがいくつも作られている名産地でもあるが、その中に筆者がいまだお目に掛かったことがないブルーチーズの銘品がある。そのチーズが造られているのは、最も南に位置する巨大な航空母艦のようなヴェルコールの台地である。その台地に行くため。まず、ドーフィネ地方の主都グルノーブル市の眼前にそびえる岩山を登らなくてはならない。

2. ミルクを提供するモンベリヤード牛

グルノーブルといえば、19世紀の作家スタンダールの生地であり、1815年にはエルバ島を脱出したナポレオンがこの町で軍隊と落ち合って「百日天下」への道を開いた町でもある。そして1968年には冬季オリンピックが開かれ、知人がジャンプ競技に出場した。そんな事より、この町は筆者が若かりし頃、初めてフランスに渡り夏休みを過ごした折に朝市で見た事もないたくさんのチーズと出いチーズに目覚めた町でもあるのだ。

3. 牛は鈴をつけて放牧された

さて町のすぐそばにそびえる急峻な岩山に付けられたヘアピンカーブばかりの坂道に取りつき高度を上げると、眼前に氷河をまとったアルプスの山々が迫ってくる。最も南にあるこのヴェルコールの台地は2000mと標高は高いが、面積が広いので牧場も多いのである。急坂を登りきると、林に囲まれた緩やかな丘陵と草原が現れ、そこには牛の群れが放たれている。高原を縫うように走る道の傍らには「ブルー・デュ・ヴェルコールの郷」と書かれた看板があった。ここまでくると牧場の中に民家が点在するという感じである。見学の予約をしておいた農家に到着するのが大幅に遅れたため、牛達は鈴をつけて草地に放たれた後で、牛舎の中に数頭の牛が残っているだけだった。暗い牛舎から外に出ると近くに遠くに、たくさんの牛が放牧されているのが見える。6月とはいえ標高の高いこの台地の木々の芽にはまだ春の色が残っていた。

4. 牧場の中に民家が点在している。

牧場を見た後は、最後の目的地であるこのヴェルコール高原の名品が造られる工房へと車を走らせる。このチーズは14世紀にはすでに存在していたという古いチーズらしい。だが、20世紀の中頃には絶滅の危機に見舞われるが、篤志家の手によって復活し1998年にはA.O.Pを取得する。パリのチーズ商マリー=アンヌ・カンタンは、このBleu du Vercors-Sassenageというチーズの名前が気に入らないようでブルー・デ・ヴェルコールにすべきだと書いているが、確かに長くて難しい名前ではある。工房の入り口にはここで造られているチーズのリストが書かれていて、本命のブルーチーズの他I.G.P.のサン・マルスラン他7種類のチーズが作られているようだ。熟成室などを見学した後はお定まりの試食である。ここで初めて筆者はこのブルー・デュ・ヴェルコール=サスナージュなるチーズに出会った。見た目には熟成がまだ若そうで初々しくに見えたが、味もそれなりに優しかったように思う。これも初夏のヴェルコール高原のすがすがしさに参ってしまったせいだろうか。 

5. 高原の優しいブルーチーズ











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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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