乳科学 マルド博士のミルク語り

乳糖耐性

2019年12月20日掲載

乳糖耐性
今回は2019年12月7日に「ミルク一万年の会」が主催した「ミルクで繋がる講演と交流の集い!2019」で講演したものの一部です。
乳児は母乳を唯一の食糧とし、母乳に含まれる乳糖は小腸粘膜から分泌される乳糖分解酵素(ラクターゼ)によりグルコースとガラクトースに分解され、それぞれ小腸から吸収されます。グルコースはエネルギー源となります。ガラクトースも肝臓でグルコースに変換されエネルギー源となる他、一部は脳の発育に利用されます。ところが成長すると小腸からラクターゼが分泌されなくなり、乳糖がそのまま大腸に入ります。すると大腸内の浸透圧が上がり、それを下げるため大腸内の水分が増え、下痢症状を示します。また、大腸内の細菌が乳糖を分解しガスを出します。ガスが溜まると膨満感など不快な症状が認められる場合があります。このような症状が「乳糖不耐症」です
(CPAコラム、2016年6月20日参照。「・・症」というからには乳糖不耐症は病気なのでしょうか?不健康ではないけど、体調に不都合があるので病気の一種?病気だとすれば不治の病です。チッキ症!

ところが世界の約35%は成人になっても乳糖を分解できます。このような方を乳糖耐性(LP)があるといい、私たちは乳糖耐性がない(NLP)のです。私たちの遺伝子にはラクターゼの合成を指令したり、合成を担ったりしている場所があります。NLPの私たちは成人になるとこの遺伝子に変異が生じラクターゼを合成しなくなるのです。

LPの方は北ヨーロッパ、中近東の砂漠地域、北部インドなどに分布しています(図参照)。アフリカにもLPの方々は分布していますが、LPの多い地域とNLPが多い地域がまだら模様的に分布しています。一方、南ヨーロッパや東アジアはNLPが多い地域です。何故、LPには遺伝子の変異が生じてないのでしょうか?っていうか、NLPの方は成長とともにラクターゼ合成遺伝子に変異が生じるのでしょうか?
これに関しては諸説があり詳しいことは分かっていません。その中で、さもありなむと思われる考え方を紹介します。LPが多い地域は農業に適さない地域が多く、主たる食糧は肉と乳しかありません。砂漠地帯では水を得にくく生乳が飲料水の代用となります。なので、栄養に優れた生乳は成人になっても必須の食糧であったと考えられます。したがって、ラクターゼを分泌できる人は生き延びることができ、ラクターゼを分泌できない人は徐々に淘汰された可能性があります。
一方、NLPが多い地域は気候が温暖で農耕に適しています。さらに、生乳を容器に入れて放置しておくと自然に発酵し、酸乳、クリーム、チーズなど生乳以外の乳製品を容易に得ることができます。生乳を飲まなくても農作物、肉、さらには酸乳、クリーム(自然発酵したバター)、チーズなどを食べることができました。なので、ラクターゼを分泌できなくて、生乳を飲めなくても十分生き延びることができました(表参照)。そのため、ラクターゼ合成を司る遺伝子はその必要性を失いさぼるようになったのではないでしょうか?
特にチーズは栄養に優れているという最大のメリットの他にも、NLPの人でも食べることができた、保存性が優れている、持ち運びに便利という優れものであったために、古代から各地に広まったのです。チーズ万歳!!