世界のチーズぶらり旅

小さな村の小さなチーズ祭り

2019年11月1日掲載

小さな村の小さなチーズ祭り

チーズ祭りで賑わう村の小路

今年の6月に、フランスのロワール川流域のトゥール(Tours)で、世界規模のチーズの見本市が開かれたが、この地方は言わずと知れたフランスの山羊乳から作られるシェーヴル・チーズ(以下シェーヴル)の名産地で、A.O.P.(原産地保護名称)に指定されているフランス産のシェーヴルの半数近くはこのあたりで作られている。そんな事情を反映してかこの見本本市には見た事もない無数のシェーヴルが展示されてい

役場前で主役のヤギがお出迎え

た。そんなわけで、近くの道筋にある古典的なシェーヴルをつくる村の一つを訪ねることにした。
トゥール市はロワール河の下流域にあり、街の中心をロワール川が貫いているが、この川の南側の平野では日本でも知られるセル・シュール・シェール、ヴァランセ、サント・モール・ド・トゥーレーヌなど古典的なシェーヴルの産地が点在しているのである。どのチーズも名前は生産される村や町の名と同じなのだが、トゥール市の南方10kmにあるサント・モール・ド・トゥーレーヌの村でチーズ祭りが開かれているというので訪ねることにした。

農産物を販売する少年

トゥールの近くにはロワール川の支流が何本か流れていているのだが、その一つのIndre川の橋を渡った時に、ふとトゥール生まれの19世紀の文豪バルザックの「谷間の百合」の一説を思いだした。このさほど大きくない川の下流の谷間に、ロワールの真珠といわれるアゼイ・ル・リドーという可愛らしい城館がある。谷間の百合の主人公の若者は舞踏会で出会った伯爵夫人に激しく恋して、名も知らない夫人が住むという城館を探してトゥールからこのIndre川沿いの道を10kmも歩くのだが、その道筋の田園風景や村々の美しさが描かれている。そんなことを想像していると、バスはいきなり寂しい田舎道に停車した。筆者はバス旅行の時は地図とコンパスを見ながら位置を確認するくせがあるが、どうも進行方向が違う気がしていたところだったが、話を聞くとカーナビの目的地の設定が間違っていたらしい。今時のバスの運転手は地図など見ない。カーナビ一辺倒だから設定を間違うととんでもない所に連れていかれるのである。

地元産のサント・モールを売る店

カーナビを修正して目的地に向かったが数十分遅れでやっと目的のサント・モールの村の教会の尖塔が見えてきた。時間をロスしたのでバスを降りると大急ぎで村の中心地に向かった。普段なら人影もなさそうな古い街の曲がりくねった道は祭りに向かう人であふれていた。そんな人達についていくと、まもなく村の中心にある広場にたどり着く。そこには立派な役場の建物があり、その前に巨大な張り子の山羊が立っているのである。おそらく村の人達の作品なのだろう、まるで守護神然とした風情で視線を広場に向けていた。その広場には農産物や食肉加工品などを売る屋台が並んでいる。そこで本命のサント・モール チーズの売店を見つけて何やらホッとしたのであるが、その広場の中央ではなんと、サント・モール チーズの青空審査会が行われている所だった。さすが歴史あるシェーヴルの名産品を生んだ村である。天気も良く通りは近在からやってきた人でいっぱいだったが、その割にはこの古びた街は静かなのである。よく観察してみると、ここには祭りに付き物の鳴り物やスピーカー音がないのである。カーナビの一件で時間をロスしたので、街を一回りしただけで、こののどかな村を出なければならないのは残念な事であった。

青空の下でのチーズの審査会











©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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