乳科学 マルド博士のミルク語り

チーズの風味や組織と脂肪球の関係

2019年9月20日掲載

チーズの風味や組織と脂肪球の関係

チーズを製造する場合、一般的には乳を均質化(乳中の脂肪球を小さくしてクリームの浮上を抑える方法)しません。脂肪球?耳慣れない言葉かもしれません。乳中の脂肪球(脂肪の粒)は脂肪球皮膜と呼ばれるたんぱく質やリン脂質で構成される薄い膜で覆われています。乳にはリパーゼ(脂肪を脂肪酸に分解する酵素)が含まれています。しかし、乳の脂肪球は脂肪球皮膜によって保護されているので、リパーゼの攻撃から守られています。脂肪球被膜は天然乳化剤であると同時に鎧の役目も果たしているのです。なので、過度な撹拌などで力を加えると脂肪球皮膜が壊れ、リパーゼが脂肪を攻撃し脂肪酸に分解します。乳に溶け込んでいる酸素(溶存酸素)や撹拌操作などで取り込まれた酸素は脂肪酸を酸化させ、いわゆるランシッド臭と呼ばれる異風味を生じます。
しかし、脂肪球皮膜が破壊されむき出しになっても、脂肪球に脂肪球皮膜たんぱく質のみならずカゼインやホエイたんぱく質が吸着し脂肪球を防衛します(図1)。このため、無殺菌乳から作る伝統チーズの場合には、搾乳後できるだけ穏やかに乳をチーズ製造室に運びます。搾乳場より低い位置に製造室を作り、高低差を利用して乳を運ぶなどの工夫を凝らしている工房もあります。
殺菌乳を使う場合は、加熱処理により乳中のリパーゼ活性は殆ど失われます。なので、基本的に乳を丁寧に取り扱う限り、ポンプ搬送や均質化により異風味が生じる懸念は殆どありません。Vélezらの論文
(J. Dairy Sci. 93: 4545-4554, 2010)によれば機械的な撹拌が脂肪分解に及ぼす影響は少ないと報告されています。
それよりも、脂肪球が小さくなることでチーズの組織や食感に影響がでます。脱脂乳からチーズを作ると非常に硬い組織になります。これはカゼインのネットワークがしっかり形成されるためです。一方、脂肪球が大きい場合、脂肪球が存在している付近ではカゼインネットワークの形成は妨害されますが、それ以外の箇所ではしっかりとしたカゼインネットワークが作られます。均質化して脂肪球の大きさが小さくなると小さな脂肪球が大量に生じます。するとこれらがカゼインネットワークの形成をあちこちで妨害します。その結果、カードができにくい、あるいは非常に柔らかく水分の多いカードとなり、ホエイ排除が不十分になります(図2)。異風味の問題よりも良好なカードにならないことの方がはるかに深刻な問題です。このため、一般的には均質化をしないのです。均質機が発明されたのは1916年(大正5年)のことです。それ以前から作られていた伝統チーズで均質化しないのは当然ですね。
一方、均質化する場合もあります。ダナブルーの製造では羊乳から作るロックフォールと異なる製法でロックフォールと似たチーズを作るために牛乳を均質化して脂肪球を小さくし、真っ白なカードに鮮やかな青色が広がるようにしています。また、熟成中に脂肪球を保護しているたんぱく質が分解されると脂肪球がむき出しになります。すると、カビが出すリパーゼが働きやすくなり脂肪酸を産生しやすくします。クリームチーズでは乳を均質化して脂肪球径を小さくすることで脂肪の歩留を上げています。なお、セットタイプヨーグルトの場合、UHT殺菌した乳を高圧で均質化し、カゼインミセルと同程度にまで脂肪球を小さくした場合にはカゼインネットワークの中に小脂肪球が取り込まれ、より硬い組織になると報告されています
(市村、酪農科学シンポジウム 2019 熊本)
以上説明した通り、殺菌乳であれば均質化しても異風味につながるリスクは低い、脂肪の歩留が上がる、色が白くなるというメリットがある反面、良好な組織になりにくい欠点があります。しかし、均質化とチーズの組織の関係は殺菌温度や脂肪球の大きさと数に依存し、均質圧力を調整すれば脂肪球径を制御することができます。なので、「チーズ製造では均質化しない」という固定概念は捨て、脂肪の歩留、色、風味、組織など自分が考えるコンセプトに適した条件を検討すれば、新しいチーズを開発することができるのではないでしょうか。