ロワール河畔に世界のチーズ大集合(3)
ガルガチュワ的巨大プラトーの出現
まだトゥール市にいる。かつてこの辺り一帯はトゥレーヌと呼んでいたが、この地方で二人の文学の巨人が生まれた。『谷間の百合』で日本でも知られているバルザック。そして今一人はシノン生まれの異才ラブレーである。ラブレーが活躍したのは16世紀で、日本でも翻訳され、天下の奇書といわれる『ガルガンチュワとパンタグリュエル物語』は、翻訳の文庫本で5冊、2000頁を超える大作で読み通す人は少ない。内容は牛飲馬食に糞尿談やエロ話。かと思えば高邁な哲学や宗教が語られる。大宴会は果てしなく続き男も、そして臨月の女も臓物料理を食べながら延々と酒を飲みクダを巻く。そんな中でガルガンチュワは泥酔した母親の耳から生まれ、産声は「のみたーぃ」であったという荒唐無稽な話で物語は始まる。こんなワイルドな宴会を誰が言ったかガルガンチュワ的というらしいが、この様なとんでもない規模のチーズ・パーティーが、見本市の最後の夜に仕掛けられるというのだ。そのためか前日の夕方の酒宴はささやかにスマートに行われた。まず戸外でシャンパーニュがふるまわれた。ロワールの川風に吹かれながらの冷たいシャンパーニュの味は各別で、まさに「美し(うまし)国フランス:Douce France」という言葉を象徴する光景である。叙任式などの後にはワインと軽食が出されたが、最後の日の事を考え早めにホテルに戻った。
華やかな国際見本市も最終日となると、巨大なメインの展示会場も人影が少なくなり、午後になると、それぞれの展示ブースで馴染みの仲間とワインなどを飲みながら談笑する風景もあちこちで見られた。中には残ったチーズを置き去りにした人影がないブースも目立つ。会場の片隅にはかなり広いBARがあり、ワインやビールが飲める。そこでゆったりと過ごす関係者も多くなった。筆者はそんな会場を丹念に回って撮り漏らしたチーズを探した。最初はド迫力の展示物に目が行きがちだが、改めて回って見ると小さくかわいらしく展示されているチーズも多いのである。
フランスの夏の夕暮れは遅い。PM10時になってやっと日が暮れる。パーティーなどが始まるのはPM9時頃からだろうか。やっと日が傾くころ最後の会場に向かう。今夜はギネス・ブックに申請中の巨大なプラトー・ド・フロマージュが待っているというのだが、後で会場の建物をgoogleの航空写真で計ってみると長さが120m弱で幅が25mという細長い建物である。入り口でワインを貰い中に入ってびっくり。このスペースに3段に組まれた陳列台が細長いロの字に組まれていて、その上にびっしりとチーズが並んでいるのだ。端から向こうを眺めると人が霞んで見える。まず写真をご覧あれ。
室内は紫色のカーペットにピンクの間接照明が当てられ、一層シュールな雰囲気を醸している。表彰式などを行う舞台のスペースを30m位と多めに見ても、プラトーの一辺の長さは80m、往復ならば160mという巨大なものになる。ここに1000種以上のチーズが並んだというから、まさにギネスものというわけである。ここでも、最初に叙任式等が行われた後、直ちに700人を越える人達がチーズに突進した。しかしプラトーが巨大なため、さほど混雑はせず自分のペースでチーズを食べながらゆっくりと一周したが、どれだけ時間がかかっただろうか。やがてホテルへの最終バスの時間が知らされ大満足でバスに乗り込んだのだった。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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