世界のチーズぶらり旅

妖精の住む国アイルランド

2019年4月1日掲載

妖精の住む国アイルランド 

岩盤の島 アラン島

極東という言葉がある。これは元来ヨーロッパを中心とした概念だから「極西」という言葉はない。日本は大陸からさらに離れた海の中だから最極東の国ということになる。その伝で行けば、今回取り上げるアイルランドは日本と同じく大陸から離れた「極西」の島であろう。以上ちょっとした言葉の遊びです。アイルランドは大ブリテン島の西にある北海道ほどの島国である。国土は氷河期の間に表土が氷に削られ石灰岩が露出している場所が特に西に多い。その西部の近海に浮かぶ長さ20km程の細長いアラン島は、氷河に削られた溝が無数に走る一枚岩の航空母艦の様な島なのだが、人はこの島に住み何百年もかかって岩を砕き石塀を巡らせ、なけなしの砂土と断崖の下の海から運び上げた海藻を混ぜて土を作り作物を育ててきた。

豊富なアイルランドの魚介料理

アイルランドは高緯度の割にはメキシコ暖流のおかげで冬もさほど寒くはならないようだが、日に何度も驟雨が通り過ぎ気温も激しく上下する。そのため「1日の中に四季がある」といわれる国なのだが、草はよく生育し、アイルランドは「緑の島」といわれている。草があれば羊や牛も育つ。酪農は盛んらしく、この国のチーズの輸出量は世界で8位という統計がある。そして今では海の幸も豊富に食卓に上るようだ。

クローバーをデザインしたチーズ

写真はアイルランドのチーズだが、パッケージにクローバーの葉がデザインされているものがあるが、これはシャムロックといいこの国にとっては深い意味がある。この島には古くからケルト人が暮らしていたが、5世紀に聖パトリックという僧侶が島を訪れキリスト教を伝えた。その時この僧侶は三枚の葉が一つになっているクローバーを示して「これが三位一体」であるといった。三位一体とは「父と子と精霊」の事だが詳しく説明するスペースはない。この教えがこの島に広く伝承され、クローバーはカトリック信仰の象徴として、今も各所で使われている。しかし、このことは、後にこの島にやってきたプロテスタントを信仰するイギリス人に支配された時に過酷な迫害と差別を受けることになる。その上19世紀半ばには、じゃがいもの疫病が発生して大飢饉が起こり、100万人が餓死し150万人がアメリカなどに逃れたといわれる。しかし現在ジャガイモ料理は健在であった。

ジャガイモ料理は健在

悲惨な話はこれくらいにしよう。頑固で思い込みが激しく自己表現に執着するアイルランド人は組織の中で働くことが苦手なようだが、それ故に優れた芸術家が多い。特に世界に知られる小説家、詩人、劇作家などの文人を多く輩出した。特異な世界観を描いたガリバー旅行記や、吸血鬼ドラキュラなどの作者もアイルランド人だが、この小さな国でノーベル文学賞受賞者が4人というのも象徴的である。また海を渡った子孫でアメリカの大統領になった人も2人いるし映画監督や俳優も多い。このようにアイルランド人は独立独歩で成功する人も多いが、思い込みの激しさも半端ではない。例えば、いまだにこの国では「妖精=Leprechaun」の存在を信じている人が多いらしい。司馬遼太郎氏の「愛蘭土紀行Ⅱ」に、この国には「妖精横断注意」という道路標識があるらしいと書かれていたので、レンタカーで回り道をして走ってみたが発見できなかった。日本ではレプラコーンを妖精と訳しているから、清純な美女を想像するが、正体はどうやら大方はいたずら好きで偏屈な小人で初老の爺さんが多いらしい。司馬氏はレプラコーンに「靴直しの小人」というルビを振っている。

アイルランド西部の町








 

 

©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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