世界のチーズぶらり旅

アストゥリアスの白いチーズ

2019年1月1日掲載

世界のチーズぶらり旅(2019.1)
アストゥリアスの白いチーズ

州都オビエドの町

北スペインのチーズを探る旅、後半最後の宿泊地はアストゥリアスの州都、オビエド(Oviedo)である。この辺りは西暦711年に南から侵攻してきたイスラム教徒に征服されるのだが722年、以前このコラムにご登場願ったペラーヨという貴族の末裔が、近くのコバドンガの戦いで、初めてイスラム勢力に勝利するのである。それを機にキリスト教勢力はアストゥリアスを奪回。8世紀末にはアルフォンソ2世がこのオビエドを都とするのである。そのオビエドは近代に入ると豊富な地下資源を背景に工業都市として発展するが、ナポレオン軍の侵攻、労働者の蜂起と鎮圧、スペイン内戦など幾度もの荒廃と復興を繰り返してきた町だというが、今はその面影を見ることはできなかった。

ユニークな工房の入り口

朝の出発前に地図を眺めながら思った。今いるオビエドから西に20kmほど行ったアストゥリアスとガリシアの州界近くに「リアス式」海岸の名の発祥の一つとなったリア・デ・フォス(Ria de Foz = Riaはriasの単数形)と呼ばれる湾があると、この近くに10年暮らした、ゴヤの伝記で知られる作家の堀田善衛が書いていたような記憶があった。日本にもこの形の海岸はたくさんあるが、日本語では「溺れ谷」というのだそうだが、できれば、本家を一目見たいものである。しかしこの旅は北スペインのチーズを探る旅だから、そんな事に興味を持つ人は仲間にはいそうにもない。黙って朝食を済ませチーズ工房行きのバスに乗り込む。目的のチーズ工房はホテルから20kmほどである。以前にも触れたが、大西洋に面したこれらの地方はコスタ・ヴェルデ(緑の海岸)と呼ばれる草木の緑が濃い地方である。従って、この地方では長く伸びた草が必要な乳牛が多く飼われ、スペインの牛乳製D.O.P.チーズの大半がこのあたりで作られている。これから訪ねる工房も、近在の牧場から品質の高い牛乳を集め、スペインでは新しいタイプのチーズを作っている所だという。

工房自慢のチーズ達

海岸線のほど近くの、さほど大きくないナロン川が大きく折れ曲がった所にプラビアという小さな町があり、その川岸にRey Siloという小ぶりながら近代設備を備えたチーズ工房があった。案内された試食室と思われる小部屋には、いくつかのチーズが展示されていたが、それらのチーズはこれまで見てきた、北スペインのどのチーズより美しいのである。真ん中が窪んだ厚さ20cmほどの円盤型のチーズ。そして円錐台形型とも呼ぶべきやや小型のもの。これらのチーズはみな粉を拭いたように白く、そしてややピンクを帯びている。これらのチーズの表面の粉を吹いたような白さは、白カビやウォッシュタイプのチーズにも使われるジオトリカム・カンディダムとかいう、カビだか酵母だかを繁殖させたものと教わったが、いずれも無殺菌の牛乳から作られているという。

熟成中のチーズ

さて、これから試食という段になって、同行の仲間が日本から運んできた日本酒を取り出し、スペインチーズとのコラボを提案する。同行の仲間も工房の人もびっくり。この地方の定番のリンゴ酒であるシードラはすでに出されているがこれには皆大喜び。早速試食試飲に取り掛かるのだが、チーズと酒との相性を真剣に探る人、このサプライズを陶然と楽しむ人達で、試食室は一瞬幸せな静寂に包まれた。

日本酒とチーズのコラボ