世界のチーズぶらり旅

緑の高原の不思議なチーズ工房

2018年12月1日掲載

緑の高原の不思議なチーズ工房

緑の丘の連なりをゆく

スペインの北部のビスケー湾に接する地方は緑の濃い地域である。恐竜の歯のような石灰岩の尖塔が続くピコス・デ・エウロパの山々から離れ、海岸に近づくとゆるやかな緑の丘をめぐる曲がりくねった道が続く。いつものようにバスの最前席で地図を見ながら現在位置を確認し走行先を追っていく。海岸に近いところでは、珍しくブドウ畑も見える。やがて林に囲まれたさほど急ではない丘をいくつも越え、くねくねと七曲が続く道筋で、ついに地図上での現在位置を見失ってしまった。この辺りにはゆるやかな丘の中腹あたりに牧場らしい民家が散在していて斜面には放牧された家畜の姿が見える。こんな中を走っているとここはスペインなのだろうかと自問するような緑の濃い風景が続くのである。

古民家風のチーズ工房

やがて、ゆるやかな尾根筋の道の両側に二、三棟の家が建つ、村とはとても言えそうにないところでバスは停車した。家の壁は不揃いな石を積み上げ漆喰で塗り固めた古民家風である。しかし、ここが目的のチーズ工房らしかった。裏手に回ると鉄板を切り抜いた小さな牛の看板がぶら下がっていてQUESOBAと書いてある。ここでは牛乳製のチーズを作っているようだ。乾燥したイベリア半島でチーズといえば羊乳や山羊乳のチーズが多く見られるが、緑ゆたかなこの地方では、牛乳製のチーズも多い。

写真がある工房の入り口

工房の入り口のベンチには、どこかに出荷されるらしいチーズの箱が置かれ、その背後の壁にはなぜか、ロバにのった少年の大きな写真が飾られているという、どこか不思議な感じのするチーズ工房である。部屋に案内されると頑丈な木製のテーブルにベンチという山小屋風の雰囲気なのだ。しかし廊下のガラス越しに見えるチーズの製造室は古民家にはそぐわないタイル張りの部屋にステンレス製の器具を揃えた近代的で清潔な工房なのだ。しかし発酵室を見るとこれがまた、写真のようなすごい形相のチーズが並んでいるのである。

カビに覆われたチーズ

ほとんどがセミハード系のチーズのようで、形の面白いものもあるが表面には一様に細かい凹凸があり、その上に白、黒、青などのカビが生え放題なのである。このカビをどうするのかといえば、出荷直前に洗い落とし表皮をブラシで磨きラベルを張って出荷するようである。我々が到着したときはその作業をしていた。この様な状況を見た後でチーズの試食に臨んだわけだが、見てくれのオドロオドロしさと違って、とびぬけて変わった味のチーズでもなく、失礼ながら、この文を書いていて、さて、これらのチーズがどんな味だったか思いだせないのである。

カビを洗い落として出荷

それよりも衝撃を受けたのは工房見学の後に連れていかれた、小さな谷間の対岸の集落にあった古民家のコーヒー屋、というよりも村人のたまり場である。中に入るとなんと、すすけた壁といわず天井といわず、ぎっしりと詰め込まれた骨董品の山、といってもほとんどが古い生活道具なのだが、なかなか価値はありそうである。ここで筆者は、昔家にあったものと同じ大きなアイロンを見つけた。それは煙突が付いた戦艦のような形をしていて中に炭火を入れて使うのである。手に取ると祖母が我が家にもたらしたものと同じ物だった。古いアイロンが、遠い昔の事を思い出させてくれた変なチーズの旅であった。