プロセスチーズの不思議 その1
C.P.A.(チーズプロフェッショナル協会)では、昨年3回にわたってプロセスチーズ(以下、PC)に関するセミナーを行い、毎回満席になるほどの大盛況でした。PCの作り方は図1に示す通りで、いたって単純です。
しかし、粉砕した原料ナチュラルチーズ(NC)を加熱・撹拌しただけでは、NC中の脂肪が分離してしまいます。これを防ぐために「乳化剤(Emulsifier)」を用います。日本ではクエン酸やリン酸のナトリウム塩が一般的です。
通常、乳化剤は水とは混ざらない油に結合して水になじむようにする働きがあります。しかし、PCで使うクエン酸塩やリン酸塩は脂肪に直接結合しません。これらはパラカゼイン(レンネットが作用し、水と混ざりにくくなったカゼイン)に含まれるカルシウムの一部をナトリウムに置き換えます。カゼインはカルシウムがあると水に溶けませんが、カルシウムが減るとともに水になじみやすくなります。その結果、部分的に水に溶けるようになったカゼインが互いに溶融し、均一な組織になります(このような組織のことを英語ではMatrixと表現していますが、適切な日本語はありません)。
その結果、脂肪は溶融したカゼインのmatrix中に安定分散するようになります。そのため、1977年頃の資料には「乳化剤」ではなく「溶融塩」と称するべきだという考え方が紹介されています(中島、乳技協資料 27: 11-29, 1977)。
確かに、科学的には「溶融塩」と呼ぶ方が相応しいのですが、何故、「溶融塩」とは言わず「乳化剤」と呼ぶのでしょうか。海外でも古い資料には「Melting salt」と書いてあるものもありますが、公式にはEmulsifierと呼ぶことになっており、現在ではEmulsifierが定着しています。これは、国際的な食品添加物の分類に「溶融塩」という項目がないため、便宜的に「乳化剤」の中に分類しているためと思われます。しかし、詳しい事情については分かりません。どなたかご存じの方がおられたら教えてください。
では、乳化作用のない{乳化剤}で、何故脂肪が安定的に分散するのでしょうか?現時点では、乳化剤の作用により、カルシウムの一部がナトリウムに置き換わり、水に溶けやすくなったパラカゼインが脂肪球の周囲に吸着し、脂肪を水に分散させているためと考えられています。すなわち、水に溶けやすくなったパラカゼインが「乳化剤」」の働きをしていると考えられます。
しかしながら、カゼインが脂肪球に吸着していることを示す直接的な証拠はありません。これまでに電子顕微鏡でPCを観察した結果が多数報告されていますが、そのほとんどが図2に示すようなイメージとなっています。脂肪球の周囲は白く観える水が取り囲んでおり、粒子らしきものは観察されません。電子顕微鏡ではカゼイン会合体(直径 20-30nm、nm(ナノメーター、1mmの百万分の1))を識別することは可能ですが、それよりも小さな粒子は識別することが難しくなります。したがって、脂肪球の周囲には電子顕微鏡では観察できない小さなカゼイン、あるいはカゼインのペプチドが存在している可能性があります。
このように乳化剤の働きにはまだまだ分かっていないことが多いのですが、熱しても溶けない性質、反対に加熱するととろける性質などは乳化剤の使い方がキーポイントになっているのです。不思議ですねー。