フランスの東部のサヴォワ地方とドフィネ地方といえば古い呼び方だが、今はこれらの地方はローヌアルプ圏という行政区分になっているが、これらの地方はアルプスの西端にあり、昔からアルプスの山地では優れた山のチーズが作られてきた。私が初めてのフランス旅行で一ヵ月滞在したのがドフィネ地方の都市グルノーブルで、毎日アルプスの氷河を見上げて暮したのを思い出す。日本人にはあまり馴染みのない地方かもしれないが、1992年に冬季オリンピックが開かれたアルベールヴィルは今のサヴォワ県にある。そこから15kmほど山中の道を走れば高貴な山のチーズで知られるボーフォールの町に行きつく。
ドフィネとサヴォワ地方はグラタン料理が有名で、豊富に産する牛乳や濃厚な生クリーム、そして自慢のチーズを使って様々なグラタンが作られてきた。昔は暖炉の熱い灰に鉄鍋を埋めてグラタンを焼いたという。ドフィネ風じゃがいものグラタンは、ジャガイモの薄切りを焼皿に並べ牛乳、生クリームと合わせた卵液を注いで火を通し、オーブンで上面に焦げ目をつけた素朴な物。サヴォワ風グラタンは前者に似ているが、ボーフォール・チーズをたっぷり使う。いずれにしてもこれらは寒い冬のご馳走である。この地方を訪れるのは夏場が多いので、なかなかお目にかかるチャンスがない。
この夏に訪れたのはレマン湖の南に広がるオート・サヴォワ県である。この県とイタリアとの国境にはヨーロッパの最高峰4807mのモン・ブランがそびえていて、峠にさしかかるとたいていこの白い山を望むことができる。
オート・サヴォワ県で作られるAOP認証のチーズはいくつかあるが、今回はボーフォールの弟分ともいうべきアボンダンスを見るため山道を走った。ボーフォールはグリュイエールチーズのロールスロイスであるといったフランス人がいたが、その外見の特徴はチーズの側面が電車の車輪の様に内側に湾曲しているのだが、アボンダンスも小ぶりながら同じ形をしている。アボンダンスというチーズの名は、オート・サヴォワのレマン湖の南岸近くにある町の名であり、チーズの原料になるミルクを提供してくれる牛の名でもある。
谷間を走り森を抜けて峠に出ると、目の前に真夏だというのに雪におおわれた真っ白いモン・ブランが見えた。濃い緑のエピセアの林が点在する草原は全体がお花畑状態で、その中には茶と白のブチで顔が白いアボンダンス牛の群れがカウベルを響かせながら高原の草花を食んでいる。このあたりは標高2000mはあろうかと思われるが、このような高山に牛を追い上げ、山小屋で作られるチーズをアルパージュといいワンランク上のチーズとして珍重される。これから秋口までが最盛期である。山また山のオート・サヴォワの山道は、変化に富み好天のせいもあってどこへ行っても美しく気持ちがいい。週末のせいもあって、ハイカーや自転車でツーリングする人が多く、それぞれがアルプスの自然を楽しんでいる。
小さな湖のほとりに群れるアボンダンス牛の写真を撮ったりしながら、快適な時間を過ごし、その日の昼食はモン・ブランがみえる峠のレストランでとることにした。多分夏だけ開いている峠の茶屋的な素朴なレストランだが、テラスからはモン・ブラン山群の大パノラマが大迫力で迫ってくる。ここまで来たらメニューはやはり素朴なチーズフォンデューがお似合いだろう。サヴォワの清澄な白ワイン片手に濃厚な味のフォンデューを楽しんだ。次回は日本人の職人が作るアボンダンスを紹介しよう。