ポルトガルではいったいどんなチーズに出会えるか。期待を抱いてのポルトガル入りだった。日本にはポルトガルチーズに関する情報は少ない。事前に渡された訪問先の資料をもとに丹念に訪問先を調べた。最初の訪問地はリスボンの近郊、南に30km下ったセトゥバルという町の近くで作られるDOP(原産地名称保護)認定のアセイトンである。
地図をたどって見るとSetubalという町はすぐに見つかった。ポルトガルのセトゥバル・・ 何かちょっとひっかかった。どこかで聞いたことがある。しばらくして、あるメロディと一緒に、おぼろげながら歌詞が記憶の底から這い上がってきた。
「みなさん御存じでしょう洗濯女。所はポルトガルの村、川辺のセトゥバル・・」ちょっと怪しいがこんな歌だった。若い頃に流行ったシャンソン「ポルトガルの洗濯女」である。当時来日したオバサン風の人気歌手が歌っていた。今回訪ねるセトゥバルは果たしてここだろうか。そこでフランス語の歌詞に当たってみたがつづりは同じである。ちょっと興奮しましたね。偶然とはいえ数十年前に歌で知った地名の所に行けるなんて奇跡に近い。
朝早くリスボンのホテルを出発して広大なテージョ河口にかかる四月二五日橋を渡って南下。両側にきれいに剪定されたぶどう畑が展開する高速を快調に走る。ここで長年ポルトガルに住んでいるという日本人のガイドさんに、セトゥバルとはあのシャンソンに出てくる所だろうかと聞いてみる。彼女は多分そうでしょう。と答えたが、彼女の年齢ではあのシャンソンを知らないだろう。もう洗濯女などいないんでしょうね、というと、いえ、今もポルトガルの女達は洗濯場に集まっておしゃべりしてます。ということで期待が持てた。ところがバスは無情にもセトゥバルの僅か手前で高速道路を下りて田舎道に入った。残念だが旅の主題はチーズだから仕方がない。
やがてアポを取っておいたアセイトンの工房に着いた。白壁にブルーの線で大胆にデザインされた建物の裏は広大な牧草地で遥か向こうに羊の群れが見える。案内されたチーズ工房はせいぜい10畳ほどの広さか。古典的なチーズ作りの道具が骨董店の様に並んでいる。ここではもう商品としてのチーズは作っていないとの事。EUが管理するDOP(原産地名称保護)の認定を受けると衛生面などの規制が厳しくなり、それに伴う設備投資などで、小規模な工房はやっていけなくなる。この工房も今では見学者のためのデモンストレーションでチーズをつくるだけで、商品は別の設備で作っているようである。時代は大きく変わっているのである。ともあれ案内人は見学に間に合うように凝固させてあった羊乳を昔の道具を使ってチーズの形にして見せてくれた。ちょっとフに落ちないが仕方がない。
最後はお楽しみの試食。ボルトガルで最初に原産地で食べるチーズである。チーズの上の皮を取り除き、ペースト状にとろけたチーズをパンに塗って食べる。濃厚な味わいである。ポルトガルワインも出され、昼間から幸せなひと時ではあった。